周知徹底
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「イデアメリトス以外の妻を娶られるなど、前代未聞ですぞ!」
太陽府の府長は、のっけから大反対を唱えた。
イデアメリトスや儀式、宮殿に関する取り仕切りが、この府の仕事だ。
リサーを右に、ダイを左に。
その真ん中にアディマは座って、府長を見ていた。
「ただの娘ではない……太陽の昇る国からの御使いだ……魔法の力も持っている」
彼は、悠然と構えた。
「そんな国など、聞いたこともございませんが」
魔法の力、という言葉が効いたのだろうか。
府長は、わずかに語気を弱めた。
彼らの中にしみついている、魔法信仰のおかげだ。
「そうだろうな。この世界にはない国だ」
嘘はない。
だから、アディマもこうして堂々と口に出せる。
「違う世界から来たとおおせですか……」
府長は、頭の中でそれらの事を、うまく組み立てられないでいるようだ。
「既に、子供も二人いる。男の子だ。二人とも、魔法の力を受け継いでいる」
そして、とどめを刺す。
アディマが妻を娶るということは、子供が必要だからだ。
その子供の問題が、既に解決しているのである。
「それが……本当に殿下の御子である証明は……」
だが。
まだ、府長は食らいついてきた。
元々、魔法の力を持つ女ならば、他の男の子を使ってこの国を乗っ取ろう──そう考えているのでは。
慎重で、そして正しい思考だ。
アディマは、自分の国の太陽府府長が、馬鹿ではないという事実に大いに満足した。
「我が叔母上が、婚姻の儀の証人だ。いま西翼に来ておいでだから、確認に行くがいい。この婚姻の儀は、父上も御認めになっている」
とどめのとどめ。
この国で、三人だけの正当なイデアメリトス。
その全員が、この異国の娘との婚儀に噛んでいる。
もはや。
府長は、反論出来ないようだ。
リサーは、何か言いたげにこの場の空気を見たが──小さなため息をひとつついただけだった。
※
「不満か……リサードリエック」
府長を退席させた後、彼の方を顧みる。
「いいえ、我が君」
しかし、リサーは即答した。
「ここまで進んだ話に、私はもはや異論はありません……ただ」
その表情が、苦く、そして厳しくなる。
眉間に深い皺が刻まれた。
「あの者は、妃として宮殿の中におとなしくしているでしょうか」
それが、本当に気がかりだと。
リサーを悩ませているのだ。
ああ。
アディマは、苦笑した。
「農林府の仕事は、続けたいそうだ」
さすがは、ケイコと共に旅をしただけのことはある。
的確な心配だった。
「役人を続ける妃など、前代未聞ではありませんか」
ぎょっと、リサーの目がひんむかれる。
ケイコと一緒に、農村に行けと言った時の彼を思い出して、アディマは笑った。
まさに、あれと同じ顔だったのだ。
「だが、ケイコにしかない知識もたくさんある……彼女が、この国の穀物の未来を握っているぞ」
笑いながら、アディマは彼を諭した。
「それは……そうですが。他の者に知識を伝えることで、別に本人が出て行かなくとも……」
リサーもまた、慎重派だ。
アディマも、そうできる事ならそうしたいという本音はあった。
放っておくと、彼女はすぐに飛んで行ってしまいそうな性格をしているのだから。
いまはまだ、子供のことで遠くには行かないだろうが。
「彼女が自分で畑を見なければ、分からないこともある」
彼女の魔法は、命を見る魔法だから。
この婚姻のために、アディマはケイコの魔法について、リサーにもダイにも伝えた。
今日は、太陽府の者にも。
この先、隠すことはない。
人々の知る魔法とは、イデアメリトスの魔法だ。
ケイコにも、同じ力があると自然に錯覚してくれる。
その錯覚が。
彼女を守る力の、ひとつになるのだ。




