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着替え

 翌日。


 ようやく梅が、普通どおりに動けるようになった。


 身仕度を整えた彼女が、ふらりといなくなったのは気になったが、菊がまったく心配している様子はなかったので、景子もそうすることにしたのだ。


 一時間ほどして帰ってきた梅は――着物姿ではなくて。


「梅さん!」


 襟元に綺麗な刺繍のほどこされた、上品なロングワンピースのような姿。


 女主人の、重ね着した重そうな衣装と違って、若々しく動きやすそうに見える。


「き、着物はどうしたんですかっ!」


 慌てふためく景子を前に、彼女はにこりと微笑んだ。


「イエンタラスー夫人に差し上げました」


 そして、事もなげに言い放つ。


 イエンタラスー夫人なんて呼ぶ相手は、あの女主人に違いない。


 着物に、ずいぶん執心していたようだったのだから。


「だって……着物……」


 ワンピースも、よい仕立てのようだが、着物と秤にかけるには意味合いがかなり違う気がする。


 その気持ちを、景子はうまく伝えきれずにいた。


「ここに置いてもらえることになったので、お礼ですよ。大丈夫です……着物が欲しくなったら、また作りますから」


 しかし、梅はまったく気にしている素振りはない。


 その上。


 つ、く、る?


 景子には、想像さえ難しい発言が出たのである。


「梅の普段着は、大体自作だからね」


 菊のさらっとしたフォローに、景子は軽いめまいがした。


 そっか、和裁……和裁があるんだ。


 短大には服飾科もあり、そこでは和裁なる科目もあったことを思い出す。


 だが、高校生くらいの子に、負けた気が否めない景子だった。


「そして、これがあなた方の旅の服です」


 手に抱えていた布を、梅は差し出す。


「手回しのいいことで」


 菊は、微妙な表情で布をつまみ上げた。


 上下セパレーツの服だ。


 スカート型とズボン型がある。


 菊は――無言でズボン型を取った。


 あっ。


 景子が負けた、と言う意味だった。



 ※



 うーん。


 着替えはしたものの、とてもとても違和感を感じた。


 スカートが結構長く、本当に旅装束かと心配になるほどだ。


 腰のサッシュで少したくし上げるようにしないと、歩くだけで危ない気がした。


 しかし、余り上げてしまうと、今度はペチコートが見えそうになる。


 ダメだ……慣れない。


 景子は挫折しかかったが、この程度ではすまなかった。


 更に、どこからともなく梅が調達してきた厚手のマントまで渡されると、その違和感は最高潮に達したのだ。


「単なる埃よけというよりは、毛布も兼任してるみたいだな」


 そのマントを持ち上げながら、菊が呟く。


 そういえば、彼らもこのようなマント姿だった。


 旅人の、ごくありきたりな衣装なのだろう。


 木枯らし紋次郎も、道中合羽を羽織っているではないか。


 祖母に付き合って一緒に見た時代劇を思い出しながら、景子はそれをぐるっと自分に巻きつけてみた。


 に、にあわない。


 鏡がなくても、よく分かる。


 すらりとした菊なら似合うだろうが、平均を切る身長の景子ではマントに着られているというカンジだろう。


 うう、恥ずかしいなあ。


 梅が気を利かせて、風呂敷代わりになりそうな大きな布や、小袋を手に入れてくれていたので、それにこれまでの服をしまったりしながらも、景子は部屋に引きこもっていた。


 マントをつけなくとも、着慣れないこの服装で出歩く勇気が、まだなかったのである。


「食事に呼ばれてるみたいですよ」


 お昼時。


 そう梅に告げられた時もまた、景子の決心は決まりきれず。


「あは、後から行きます」


 などと言って、一人部屋に残ってしまった。


 やってけるかなあ、私。


 両手を広げて服をじっと見ながら、景子は何度もため息をつく。


 そんな、酸素の無駄遣いを繰り返している内に、部屋の扉が一回軽い音を立てた。


 扉の外側には、どの部屋も木製のノッカーが取り付けられているのだ。


「はーい」


 景子は、反射的に返事をしていた。


 扉が、ゆっくりと開かれる。


「ケーコ……?」


 何故か、少し心配そうな目をしたアディマが、そこにいた。

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