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隣の椅子

 産毛のような黒髪を。


 アディマは、一本ずつ赤ん坊の頭から抜いた。


 テルが、それに過敏に反応して、泣き出しそうになる。


「こんなこと、何でもないよ」


 菊が、静かに一言つぶやくと。


 泣きかけたテルが、ぴたっと止まる。


 景子は、それにちょっと感心してしまった。


 彼女ならば、絶対にテルを大泣きさせてしまっていただろう。


 アディマは。


 右の掌と左の掌に、その短い髪を握りこんで──目を閉じた。


 ないと、いいな。


 景子は、そんなことを祈った。


 力なんて、ないといいな。


 もし、そうだったなら、自分とアディマの関係が、ここで終わるのだと、心のどこかで分かっていた。


 魔法の力を受け継げないのならば、景子が子を産む意味などないと、彼の父親が考えるからだ。


 別の親戚が、正式な妻に座る。


 そんなこと、ちゃんと分かっている。


 アディマのことは、変わらず愛している。


 その気持ちに、これっぽっちの陰りも嘘もない。


 でも。


 この子たちと、離れたくなかった。


 普通の子として、泥とたわむれて、世間の中で育って欲しい。


 そう、願ってしまった。


 女と母の板挟みの中。


 アディマが、ゆっくりと目を開けた。


 その目が、まっすぐに景子に向けられる。


 唇が。


 開く。


「うん……まさしく僕の子だ」


 アディマは、嬉しそうだった。


「二人とも……立派なイデアメリトスだよ」


 喜ぶ彼と正反対に、景子はゆっくりゆっくりと沈んでいったのだった。



 ※



 ハレイルーシュリクス=イデアメリトス=ラットフル18。


 テルタリウスミシータ=イデアメリトス=アウラピス18。


 突然。


 景子にとって、子供たちの名前が仰々しいものになった。


 アディマが、イデアメリトスの名を、双子の子に与えたのだ。


 たったそれだけで、景子の手から子供たちが離れた気がした。


 ハレとテルに、変わりないはずなのに。


「イデアメリトスの君……」


 梅が、うやうやしく頭を垂れる。


「今後、この御子たちは、どちらで育てられますか?」


 景子が。


 母親が聞けないでいることを、梅はすっぱりと問いかけた。


 その問いに、アディマはすぐに答えなかった。


 ゆっくりと、景子の方を見る。


 その瞳は、優しかった。


 不安で凝り固まっている彼女に、優しく微笑みかけるのだ。


「ケイコ……」


 質問は梅からだったが、言葉は景子に向けられた。


「姑息な話に聞こえるかもしれないが……大義名分は、全部用意した」


 そして、不思議な前置きの話を始める。


 大義名分?


「リサーも納得させた」


 ええと。


「だから……」


 何を。


 いや、何処へ。


 アディマは、いま何処へ向かう道の話をしているのか。


「だから……正式に僕の妻として迎えたい」


 ピシャーッドンガラガッシャンドドーン!


 景子の頭の中に、特大の雷が落ちた。


 もはや。


 子供と暮らせることだけを、最後の望みとしていた景子の前に、とんでもない椅子が置かれたのだ。


 これに、座れと。


 アディマは、彼の隣にある椅子に座れと、言っているのだ。

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