双
☆
景子は、朦朧としていた。
枕もとで、ネラッサンダンが何度も何度も叫んでいるが、よく聞こえない。
聴覚の音量調節が死んだのか、脳の言語中枢が死んだのか。
目の前が、赤くなったり暗くなったりして、意識も行ったり戻ったり。
「景子さん」
暗くなる視界の中、クリアに聞こえてくる声があった。
「景子さん……男の子よ。二人とも、男の子よ」
日本語、だった。
生まれつき、骨までしみついたその言葉は、どんな音よりも明確に景子まで届いたのだ。
ああ。
視界が、明るくなる。
天井が見える。
耳をつんざくのではないかと思える、赤ん坊の泣き声が輪唱する。
「梅さん……菊さん……」
べたつく口の中では、うまく舌が回らない。
けれども。
その二人の腕の中に、一人ずつ抱かれている小さい身体は目に入った。
産まれた時から、浅黒い肌なのが分かる。
父親の血のおかげだ。
「おめでとう……強い子に育ちますように」
おぼつかない腕で抱く菊が、泣きわめく子に語りかける。
「おめでとう。賢い子に育ちますように」
梅は、優しく抱いた子に囁く。
「さあ、お母さんにお乳をもらわないと」
抱えてこられる、二つの命。
菊の抱いている子は、左目の下に小さなほくろが二つ並んでいた。
その子を、おっかなびっくり受け取る。
重い。
でも、とても不安定だ。
痛いほどに、自分の乳が張っているのが分かる。
元気よく泣きわめく子の唇に、おそるおそる乳首を近づけると。
一瞬にして吸いつくや、泣きやんだのだ。
懸命に、本当に懸命に乳を吸う子。
ああ。
私が産んだんだ。
ようやく、景子はそれを実感したのだった。
※
もう一人の子には、ほくろはなかった。
しかし、この子の方が、もう一人より肌の色が薄い。
一卵性ではないのだろうか。
「こっちでは、先に産まれた方が兄だってさ……梅の抱いていた方だね」
乳をもらって、ようやく眠り始めた二人の赤ん坊の頬を、菊は軽く指先でつついた。
「見分けやすくてよかったな……うちと一緒だ」
彼女は、とても嬉しそうにつつく。
ふにゃあと、兄の方が泣いた。
「菊、あんまりいじっちゃだめよ……産まれてきたばかりで疲れてるんだから。それは景子さんも一緒ね……少し眠ったらどうかしら」
気を遣った二人が、部屋を出て行こうとした時。
開いた扉の向こうに──リサーがいた。
「ゴホン……入ってもいいか」
女性の、出産した部屋である。
いくら彼でも、不用意に入れなかったのだろう。
「手短に」
梅は、歓迎しない声で答えた。
景子にとって、よい客ではないと思っているに違いない。
リサーの目的は、彼女にだって分かっている。
アディマに、生まれた子供のことを報告するためだ。
だから、彼は景子はちらと見るだけで、その後、二人の子をじーっと穴が開くほど見つめた。
「本当に、二人とは……」
そう、ため息混じりに呟いた後、リサーは景子を向き直った。
「後日、正式に沙汰がある。その時、魔法の力を持っているかどうか確認される。それまで、大事に育てよ」
彼の言葉は── 一方的だった。
必要であれば、そのまま子供だけ連れて行くと言わんばかりだ。
景子が、驚きで口もきけずにいると。
出て行こうとするリサーの前に、菊が立ちふさがる。
「馬車でも言ったろう? 何でも思い通りにしようなんて……思わない方がいい」
「イデアメリトスの君の代行にしては……赤ん坊に対する愛が足りませんわね」
二人のゴッドマザーは。
もう、彼女の子供たちを、守ろうとしてくれた。




