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 景子は、朦朧としていた。


 枕もとで、ネラッサンダンが何度も何度も叫んでいるが、よく聞こえない。


 聴覚の音量調節が死んだのか、脳の言語中枢が死んだのか。


 目の前が、赤くなったり暗くなったりして、意識も行ったり戻ったり。


「景子さん」


 暗くなる視界の中、クリアに聞こえてくる声があった。


「景子さん……男の子よ。二人とも、男の子よ」


 日本語、だった。


 生まれつき、骨までしみついたその言葉は、どんな音よりも明確に景子まで届いたのだ。


 ああ。


 視界が、明るくなる。


 天井が見える。


 耳をつんざくのではないかと思える、赤ん坊の泣き声が輪唱する。


「梅さん……菊さん……」


 べたつく口の中では、うまく舌が回らない。


 けれども。


 その二人の腕の中に、一人ずつ抱かれている小さい身体は目に入った。


 産まれた時から、浅黒い肌なのが分かる。


 父親の血のおかげだ。


「おめでとう……強い子に育ちますように」


 おぼつかない腕で抱く菊が、泣きわめく子に語りかける。


「おめでとう。賢い子に育ちますように」


 梅は、優しく抱いた子に囁く。


「さあ、お母さんにお乳をもらわないと」


 抱えてこられる、二つの命。


 菊の抱いている子は、左目の下に小さなほくろが二つ並んでいた。


 その子を、おっかなびっくり受け取る。


 重い。


 でも、とても不安定だ。


 痛いほどに、自分の乳が張っているのが分かる。


 元気よく泣きわめく子の唇に、おそるおそる乳首を近づけると。


 一瞬にして吸いつくや、泣きやんだのだ。


 懸命に、本当に懸命に乳を吸う子。


 ああ。


 私が産んだんだ。


 ようやく、景子はそれを実感したのだった。



 ※



 もう一人の子には、ほくろはなかった。


 しかし、この子の方が、もう一人より肌の色が薄い。


 一卵性ではないのだろうか。


「こっちでは、先に産まれた方が兄だってさ……梅の抱いていた方だね」


 乳をもらって、ようやく眠り始めた二人の赤ん坊の頬を、菊は軽く指先でつついた。


「見分けやすくてよかったな……うちと一緒だ」


 彼女は、とても嬉しそうにつつく。


 ふにゃあと、兄の方が泣いた。


「菊、あんまりいじっちゃだめよ……産まれてきたばかりで疲れてるんだから。それは景子さんも一緒ね……少し眠ったらどうかしら」


 気を遣った二人が、部屋を出て行こうとした時。


 開いた扉の向こうに──リサーがいた。


「ゴホン……入ってもいいか」


 女性の、出産した部屋である。


 いくら彼でも、不用意に入れなかったのだろう。


「手短に」


 梅は、歓迎しない声で答えた。


 景子にとって、よい客ではないと思っているに違いない。


 リサーの目的は、彼女にだって分かっている。


 アディマに、生まれた子供のことを報告するためだ。


 だから、彼は景子はちらと見るだけで、その後、二人の子をじーっと穴が開くほど見つめた。


「本当に、二人とは……」


 そう、ため息混じりに呟いた後、リサーは景子を向き直った。


「後日、正式に沙汰がある。その時、魔法の力を持っているかどうか確認される。それまで、大事に育てよ」


 彼の言葉は── 一方的だった。


 必要であれば、そのまま子供だけ連れて行くと言わんばかりだ。


 景子が、驚きで口もきけずにいると。


 出て行こうとするリサーの前に、菊が立ちふさがる。


「馬車でも言ったろう? 何でも思い通りにしようなんて……思わない方がいい」


「イデアメリトスの君の代行にしては……赤ん坊に対する愛が足りませんわね」


 二人のゴッドマザーは。


 もう、彼女の子供たちを、守ろうとしてくれた。

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