幸せって痛い
☆
「あら」
「よっ」
そして──姉妹は、再会した。
傍目で見ている景子には、その様子はとても淡白に見える。
二人らしいと言えば、そうなのだが。
「いい時に来たね。来月には道場も出来るし……景子さんも、その辺りで出産かな」
姉妹の再開シーンが、まだまだ続くと思っていたのだが、不意に話が振られて景子は焦った。
双子の視線が、一気に彼女の方を向くのだ。
「た、多分そのくらいかと……」
十月十日。
古くからの表現はそうなのだが、正確には10カ月は切るらしい。
同級生に、出産経験者も多かったので、景子ほどの年齢になると、自然にそういう知識だけはつくのだ。
こちらの暦で当てはめると、大体来月くらいかな、というところだった。
二人とも、穏やかな笑みで景子を見つめてくれる。
梅は、おなかの中の子の父親を、一度も聞こうとはしなかった。
おそらく、相手がアディマだと信じて疑っていないのだろう。
「道場の建設が間に合えばいいけどね……でないと、リサーの叔父さんちで産まないといけないだろう?」
菊の心配に。
「いっそ、この部屋に一緒に住みません? これから大変でしょう?」
梅の優しさが上積みされる。
だが、景子は慌てて首を横に振った。
彼女は、下っ端とは言え、農林府の役人なのだ。
宮殿から出勤など、どんな御身分なのか。
「大丈夫です。あの屋敷には、出産の先輩もいますし……何とかなります」
生まれるぎりぎりまで、働く気満々の景子は、姉妹の提案を辞退したのだ。
外畑の治水事業の計画が、ほぼ固まりつつある中、臨月になるので休ませてくださいなどと、言えるはずもないのだから。
ただ、職場の男性陣は、時々不安そうに景子のおなかを見ているが。
いまにも、そこから赤ん坊が飛び出してくるのではないか、という目だ。
そんな環境も、ほどよく楽しんでいた景子にとって、心強いことは増えるばかり。
菊がいる。
梅がきてくれた。
梅と菊の味方もいる。
そう考えると、景子は幸せでしょうがなかった。
※
幸せって──痛い。
景子は、自分の身体の中でどんどんひどくなっていく痛みに、青ざめていた。
これが、本当に正しい陣痛なのか、なんて知っているはずもないのだから。
「大丈夫だよ、まだまだ先さ。ゆっくりしていればいい」
女中頭のネラッサンダンは、笑いながら出て行ってしまう。
産婆などは、全て彼女が手配してくれることになっているので、その準備に向かったのだろう。
代わりに残されたのは、彼女の息子のシェローだけ。
「ケーコ、痛いか? かあちゃん呼ぶか?」
と、彼がオロオロしてくれたおかげで、景子は逆に落ち着くことが出来た。
「大丈夫。シェローだって、ちゃんと生まれたんだもんね。この子たちも、ちゃんと生まれるよ」
楽になっては、また痛む。
また痛んでは、楽になる。
「そうだよな。かあちゃんだって、ケーコだってちゃんと生まれたんだよな」
彼女のおなかに手を伸ばしてなでながら、シェローが感心したような声で言葉を紡ぐ。
ああ、そうか。
私も、生まれたんだっけ。
こうやって。
お母さんの身体の中で暴れて。
母の、希望通りの娘としては、生まれることは出来なかった。
自分の奇妙な能力も、この世界では少しは役に立った。
こんな、奇妙な能力のある自分だからこそ。
自分やアディマの能力が、この子たちに遺伝していても、ちゃんとまっすぐ向き合えると思った。
そうか。
きっと。
きっと、自分の能力は、アディマの子をちゃんと産んで育てるために、前もってもらっていたものなのだ。
ああ。
ああ、痛い、痛い。
さっきより、痛みの間隔が少し短くなった。
幸せって。
やはり、痛いの裏っかわにいるのだろう。




