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幸せって痛い

「あら」


「よっ」


 そして──姉妹は、再会した。


 傍目で見ている景子には、その様子はとても淡白に見える。


 二人らしいと言えば、そうなのだが。


「いい時に来たね。来月には道場も出来るし……景子さんも、その辺りで出産かな」


 姉妹の再開シーンが、まだまだ続くと思っていたのだが、不意に話が振られて景子は焦った。


 双子の視線が、一気に彼女の方を向くのだ。


「た、多分そのくらいかと……」


 十月十日。


 古くからの表現はそうなのだが、正確には10カ月は切るらしい。


 同級生に、出産経験者も多かったので、景子ほどの年齢になると、自然にそういう知識だけはつくのだ。


 こちらの暦で当てはめると、大体来月くらいかな、というところだった。


 二人とも、穏やかな笑みで景子を見つめてくれる。


 梅は、おなかの中の子の父親を、一度も聞こうとはしなかった。


 おそらく、相手がアディマだと信じて疑っていないのだろう。


「道場の建設が間に合えばいいけどね……でないと、リサーの叔父さんちで産まないといけないだろう?」


 菊の心配に。


「いっそ、この部屋に一緒に住みません? これから大変でしょう?」


 梅の優しさが上積みされる。


 だが、景子は慌てて首を横に振った。


 彼女は、下っ端とは言え、農林府の役人なのだ。


 宮殿から出勤など、どんな御身分なのか。


「大丈夫です。あの屋敷には、出産の先輩もいますし……何とかなります」


 生まれるぎりぎりまで、働く気満々の景子は、姉妹の提案を辞退したのだ。


 外畑の治水事業の計画が、ほぼ固まりつつある中、臨月になるので休ませてくださいなどと、言えるはずもないのだから。


 ただ、職場の男性陣は、時々不安そうに景子のおなかを見ているが。


 いまにも、そこから赤ん坊が飛び出してくるのではないか、という目だ。


 そんな環境も、ほどよく楽しんでいた景子にとって、心強いことは増えるばかり。


 菊がいる。


 梅がきてくれた。


 梅と菊の味方もいる。


 そう考えると、景子は幸せでしょうがなかった。



 ※



 幸せって──痛い。


 景子は、自分の身体の中でどんどんひどくなっていく痛みに、青ざめていた。


 これが、本当に正しい陣痛なのか、なんて知っているはずもないのだから。


「大丈夫だよ、まだまだ先さ。ゆっくりしていればいい」


 女中頭のネラッサンダンは、笑いながら出て行ってしまう。


 産婆などは、全て彼女が手配してくれることになっているので、その準備に向かったのだろう。


 代わりに残されたのは、彼女の息子のシェローだけ。


「ケーコ、痛いか? かあちゃん呼ぶか?」


 と、彼がオロオロしてくれたおかげで、景子は逆に落ち着くことが出来た。


「大丈夫。シェローだって、ちゃんと生まれたんだもんね。この子たちも、ちゃんと生まれるよ」


 楽になっては、また痛む。


 また痛んでは、楽になる。


「そうだよな。かあちゃんだって、ケーコだってちゃんと生まれたんだよな」


 彼女のおなかに手を伸ばしてなでながら、シェローが感心したような声で言葉を紡ぐ。


 ああ、そうか。


 私も、生まれたんだっけ。


 こうやって。


 お母さんの身体の中で暴れて。


 母の、希望通りの娘としては、生まれることは出来なかった。


 自分の奇妙な能力も、この世界では少しは役に立った。


 こんな、奇妙な能力のある自分だからこそ。


 自分やアディマの能力が、この子たちに遺伝していても、ちゃんとまっすぐ向き合えると思った。


 そうか。


 きっと。


 きっと、自分の能力は、アディマの子をちゃんと産んで育てるために、前もってもらっていたものなのだ。


 ああ。


 ああ、痛い、痛い。


 さっきより、痛みの間隔が少し短くなった。


 幸せって。


 やはり、痛いの裏っかわにいるのだろう。


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