つうじない言葉
☆
はぁ。
部屋を出て、景子は頭を抱えた。
筋道立てて考えようとしても、大前提がめちゃくちゃ過ぎて、まとまるものもまとまらない。
大体。
アディマが旅を続けるとして。
あの子供ならざる者は、一体どこへ向かおうとしているのか。
高貴な身分そうなのに、たったあれだけの従者で。
また、昨夜のような敵に追いかけられたら、命の保証はないのに。
うーん、うーん。
悩んでいてもしょうがない。
景子は、途中で頭を抱えるのをやめた。
アディマと話をしよう。
そう、結論づけたのだ。
言葉は分からないが、身ぶり手ぶりを交えて話をすれば、きっと通じるはずである。
最初に、名前を教え合ったように。
すっかり顔パスになったのか、彼女がちょろちょろしていても使用人で咎める人はいなかった。
朝からずっと双子の世話などで、使用人の間を駆け回っていたおかげだろう。
ここで働くっていうのも、悪くなさそうなのよね。
そんな、労働根性のしみついた景子は、ようやくそれらしい部屋を探しあてた。
何しろ。
部屋の前には──ダイが座っていたのだから。
中の人を守っています。
そんな彼が守る相手など、アディマしかいないではないか。
とととっと近づくと、彼が景子を見た。
ずっと前に一度見られたのは知っていたが、この部屋に用があるとは思っていなかったのだろう。
鞘におさめた剣を抱えたまま、彼女を見上げる。
「こんばんは、ダイさん。アディマいますか?」
梅を見習って、堂々と日本語で通してみる。
だが、名前だけは伝わるだろう。
彼は視線を一度、後ろの扉に向けたが──首を横に振った答えが返ってきた。
あー、ダメなのかあ。
そっかあ。
しょんぼりして、景子が元来た道を戻ろうとした時。
ドアが、開く音がした。
「……ケーコ」
アディマだ。
景子が、ぱぁっと顔を輝かせた向こう側で。
ダイは、俺は知らん、何も見てないという風に──あらぬ方を見てしまった。
※
ちょっと、緊張するなあ。
ソファを勧められて、アディマの向かいに座りながら、景子はどきどきしていた。
彼女は、最初からアディマを子供として見ていないので、一人の人間を改まって訪問した形に思えたのだ。
ダイの様子からすると、この訪問は余り歓迎されてはいないようで。
さっさと済ませた方がいいのだろう──が。
目が合って、景子は照れ笑いを浮かべてしまった。
「あ、あのね……アディマ」
言おうとしていた言葉が、半分頭の上にすっ飛んでいってしまいそうになるのを、何とか掴んで引き留めながら、彼女は言葉を紡いだ。
「アディマは、これから何処へ行くの?」
言ってみて、失敗したことに気づいた。
ああ──紙が欲しい。
切実に、そう思ったのだ。
エプロンは外して置いてきたが、そこのポケットに作業用のボールペンが1本と、端数になって分けておいた種の袋は入っていた。
要するに。
絵を描く筆談以外で、この思いを伝える手段を持っていないことに、景子は気づいたのである。
「ケーコ……───?」
アディマも、何かを問いかけてくるが、何が言いたいのか全然分からない。
名前のようには、いかないのだ。
お互い、聞きたいことはたくさんある。
それは、分かる。
向こうからすれば、彼女らの方こそ、得体が知れないことだろう。
言葉、かぁ。
ふぅと、景子はため息を吐きながら、ソファに深く身体を埋めた。
逆に、ゆっくりとアディマが立ち上がる。
そして、彼女の側へと回ってきた。
「ケーコ……───」
何かを語りかける瞳で、隣に座る。
その猫目石の瞳には、心をかき乱す効果でもあるのだろうか。
近ければ近いほど、どきどきしてしまう。
こんなに艶のある目をした人を、知らなかった。
その瞳のアディマが、彼女に何かを求めている。
それは、何となく伝わっていた。
一緒に行こう。
そう言っているのだろうか。
見つめられると──非常に断りづらい誘いだった。




