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たち

「菊さん!」


 景子は、驚いた。


 朝、屋敷のエントランスに降りてきたら、ばったり彼女に再会したのだ。


「久しぶりだね、景子さん」


 再会を、彼女は穏やかな笑顔で受け入れてくれる。


 その笑顔に、景子は大きな大きな安堵のため息をついたのだ。


 ああ、よかった。


 彼女は無事で、そしてここにいる。


 ここにいるということは、アディマの許可を得たということだ。


 少なくとも、景子が恐れていた刃傷沙汰は起きなかったということになる。


 昨夜。


 彼女が、ぐーすか寝ている間に、話し合いがあったのだろうか。


 あえて、景子はそこから外されたのだ。


 それくらい、鈍い彼女にだって分かる。


 最悪の事態を見越して、景子は外された。


 だが。


 最悪の事態は起きなかった。


 それを、いまはただ喜ぼう。


 彼女は、そう前向きに考えることにしたのである。


「少し、ふっくらしたかな? 景子さんは」


 幸せそうで何よりだよ。


 菊の言葉に、どきっとする。


 自分では、前と変わらない貧相な身体だと思うのだが、彼女からは太ったように見えるのだろうか。


「ああ、そうだ……景子さんに紹介したい人がいてね」


 菊の視線が、何かを捕えた。


 少し離れたところで動くものを追う瞳に、景子もつられて振り返る。


「おはよう、トー。ちょっといいかな……景子さん、彼はトー。歌う人だよ」


 白い髪の男性だった。


 白いたてがみ、と言った方がいいのかもしれない。


 彼の視線が、一度景子に向けられ、そして微かに微笑んだ。


「健やかで良い子たちだ」


 初めましてより先に──優しい爆弾が放り投げられた。


「良い子……?」


 菊が不思議そうに言葉を繰り返し、景子を見た。


「……たち?」


 景子は、そこだけ繰り返し。


 自分のおなかを見た。



 ※



「そうか……子供か」


 菊の目が、本当に嬉しそうに細められた。


 ああああ。


 景子は、照れると同時に、恐れも感じていたのだ。


 彼女は、このおなかにいる子がアディマとの子だと、一瞬も疑うことはないだろう。


 だからこそ、だ。


「き、菊さぁん……」


 景子は、人差し指を自分の唇の前で立て、すがる目で彼女を見上げるのだ。


 シーッ、でお願いします、と。


「やれやれ……甲斐性がないな、御曹司は」


 ため息をつきながら、菊は笑みを苦笑へと移す。


「トー……二人かい?」


 彼女は、振り返りながら指を二本立てた。


 白い獅子は、小さく頷く。


「そうか……双子か。産まれたら、一人は私に祝福させてよ……もう一人は、きっと梅が祝福してくれる」


 菊は、いとおしい目で景子のおなかを見る。


 ああ。


 何と、心強いのか。


 彼女の子を、菊は無条件で愛そうとしてくれる。


 この子の行く末を、景子はまだ具体的には考えられなかった。


 しかし、それは不安があるということの裏返しでもあったのだ。


 この子たちに、もしものことがあれば──もしくは、景子の身に何かあった時。


 ゴッド・マザーたちが、きっとこの子を守ってくれる。


「菊さん……ありがとう」


 会えてよかった。


 無条件で、子供を託すことが出来る相手が、この世に二人もいるのだ。


 そんな感動中の景子を、トーという男はじっと見ていた。


 一瞬、視線が合う。


「その子たちは……夜を嫌わぬだろう」


 どうしてだろう。


 トーの予言めいたその言葉が、微かに震えた気がした。


 あえて感情の名前をつけるなら。


 喜び、というものだろうか。

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