たち
☆
「菊さん!」
景子は、驚いた。
朝、屋敷のエントランスに降りてきたら、ばったり彼女に再会したのだ。
「久しぶりだね、景子さん」
再会を、彼女は穏やかな笑顔で受け入れてくれる。
その笑顔に、景子は大きな大きな安堵のため息をついたのだ。
ああ、よかった。
彼女は無事で、そしてここにいる。
ここにいるということは、アディマの許可を得たということだ。
少なくとも、景子が恐れていた刃傷沙汰は起きなかったということになる。
昨夜。
彼女が、ぐーすか寝ている間に、話し合いがあったのだろうか。
あえて、景子はそこから外されたのだ。
それくらい、鈍い彼女にだって分かる。
最悪の事態を見越して、景子は外された。
だが。
最悪の事態は起きなかった。
それを、いまはただ喜ぼう。
彼女は、そう前向きに考えることにしたのである。
「少し、ふっくらしたかな? 景子さんは」
幸せそうで何よりだよ。
菊の言葉に、どきっとする。
自分では、前と変わらない貧相な身体だと思うのだが、彼女からは太ったように見えるのだろうか。
「ああ、そうだ……景子さんに紹介したい人がいてね」
菊の視線が、何かを捕えた。
少し離れたところで動くものを追う瞳に、景子もつられて振り返る。
「おはよう、トー。ちょっといいかな……景子さん、彼はトー。歌う人だよ」
白い髪の男性だった。
白いたてがみ、と言った方がいいのかもしれない。
彼の視線が、一度景子に向けられ、そして微かに微笑んだ。
「健やかで良い子たちだ」
初めましてより先に──優しい爆弾が放り投げられた。
「良い子……?」
菊が不思議そうに言葉を繰り返し、景子を見た。
「……たち?」
景子は、そこだけ繰り返し。
自分のおなかを見た。
※
「そうか……子供か」
菊の目が、本当に嬉しそうに細められた。
ああああ。
景子は、照れると同時に、恐れも感じていたのだ。
彼女は、このおなかにいる子がアディマとの子だと、一瞬も疑うことはないだろう。
だからこそ、だ。
「き、菊さぁん……」
景子は、人差し指を自分の唇の前で立て、すがる目で彼女を見上げるのだ。
シーッ、でお願いします、と。
「やれやれ……甲斐性がないな、御曹司は」
ため息をつきながら、菊は笑みを苦笑へと移す。
「トー……二人かい?」
彼女は、振り返りながら指を二本立てた。
白い獅子は、小さく頷く。
「そうか……双子か。産まれたら、一人は私に祝福させてよ……もう一人は、きっと梅が祝福してくれる」
菊は、いとおしい目で景子のおなかを見る。
ああ。
何と、心強いのか。
彼女の子を、菊は無条件で愛そうとしてくれる。
この子の行く末を、景子はまだ具体的には考えられなかった。
しかし、それは不安があるということの裏返しでもあったのだ。
この子たちに、もしものことがあれば──もしくは、景子の身に何かあった時。
ゴッド・マザーたちが、きっとこの子を守ってくれる。
「菊さん……ありがとう」
会えてよかった。
無条件で、子供を託すことが出来る相手が、この世に二人もいるのだ。
そんな感動中の景子を、トーという男はじっと見ていた。
一瞬、視線が合う。
「その子たちは……夜を嫌わぬだろう」
どうしてだろう。
トーの予言めいたその言葉が、微かに震えた気がした。
あえて感情の名前をつけるなら。
喜び、というものだろうか。




