根回せ
☆
なんで。
景子は、ガタゴト荷馬車に揺られながら、後方の景色を見た。
なんで、こうなってるんだろう。
その景色の中では、馬が3騎、荷馬車の後からついてきている。
先頭が、アディマ。
後方には、ダイともう一人の兵士が。
「気にするな、単なるオマケだ」
荷馬車の中で、ロジューは大量のクッションにうずもれていた。
時々、無性に眠くなるという。
どんな荷物よりも、彼女は寝心地を確保したいようだ。
「オマケって……」
イデアメリトスの世継ぎを捕まえて、付属品扱いもないだろうに。
大体。
魔法を使える血族の中で、一番低い地位だからロジューが選ばれたのではないだろうか。
「愚甥が、兄者に直談判にいったとかでな……経験を積ませるために、行かせようという話になったようだな」
彼女は、言う。
もし、ロジューがこの髪の長さを持っていなかったとするならば、白羽の矢が立ったのはアディマだと。
直談判かぁ。
馬上のアディマを見ると、目が合った。
どういう顔をしたらいいか、よく分からない。
彼を憂鬱にさせる魔法の歌人に、イデアメリトスが二人向かうのだ。
とっさの時に、自分は二人を止められるだろうか。
景子が望んでいるのは、抹殺ではなく話し合いなのだから。
「だが、兄者もワルだからな……愚甥に許可は出したが、私への命令は撤回なしだ」
今度は、自分の兄を捕まえて悪者扱いを始める。
「あの愚甥一人では、手加減するかもしれんからな……」
くくく、とロジューは笑った。
あー……。
景子は、遠い目をしたくなった。
おそらく、スレイもついてきているだろう。
アディマ、ロジュー、ダイ、スレイ。
この四人に囲まれたまま、どれほど穏便に事が運べるか。
が、が、がんばる。
細腕で、ぎゅっと拳を作りながら、景子は自分の決意は曲げなかった。
※
よし。
景子は、考えた。
目的地に到着するまで、おそらく結構な日数がかかるだろう。
それならば、と。
彼女は、日本人だ。
この世界に、根を下ろすと決めはしたものの、その根元は変わらないわけで。
日本人ならば、日本人らしく根回しをしよう!
いきなり、景子がやろうと思っていることを行動したところで、うまくいくはずがない。
ロジューとアディマ、ダイとは話をすることは可能なこの環境で、一人でも味方が増えればいいではないか。
ということで、景子は常に一緒にいるロジューを、最初のターゲットにしたのだ。
「出会っていきなり……魔法ぶっ放したりは……しないですよ、ね?」
クッションに身を預けているロジューは、彼女の言葉にけだるげに寝返りを打つ。
「あぁ? そんなもの気分だ……」
だるい声が、それこそ気分で返事をしている。
「気分って」
景子の知り合いが、一緒にいるかもしれないことは、既に知っているにも関わらず、そんなことはお構いなしのようだ。
「別の言い方をすれば、カンだ……相手がヤバイ奴だったら、躊躇などしない」
旅を多くしている彼女が、いまも生きているということは、それだけ強かったということだ。
その強さの中に、カンも含まれるのだろう。
景子は、ちょっと嫌な予感がした。
歌を歌う人、ではなく──菊だ。
ロジューのカンが、菊を見てどう働くか。
菊は、基本穏やかで明るいが、戦いとなるとまったく躊躇がない。
命のやりとりに、本当に躊躇しないのだ。
考えすぎかもしれないが、ロジューと菊を会わせることに、不安が頭をもたげてきた。
「あのぉ……変な剣を持ってる人は、私が絶対止めますから……いきなり魔法は……」
不安を隠せないまま、もうひとおし。
「なら、私に出会う前に見つけて止めるんだな……私は知らん」
ロジューは、まったくもっていつも通りだった。
あう。
景子は、がくっと肩を落とす。
根回しは──完全な失敗だった。
※
景子は、考えたのだ。
彼らが向かう先にいるのが、菊だと仮定して。
彼女が、何故その魔法の歌を歌う人と一緒にいるのか。
おそらく、気に入ったから。
何か、菊の心を動かすものを持っていたからだろう。
魔法の歌の話は、少しだけロジューから聞いた。
月の者ではないか。
そう言われたために、景子の頭の中からアルテンは消えたのだ。
彼は、領主の息子なのだから。
見知らぬ男が、もし危険になった時──菊は、彼を見捨てるだろうか。
無理だ。
袖すり合うも他生の縁。
相手が誰だろうと、絶対にいま横にいる相手を守るだろう。
そこが、菊の菊たるゆえん。
「ダイさん……」
昼食休憩時。
荷馬車から降りた景子は、さりげなく彼の近くに行った。
視線が動いて、ダイは景子を認識する。
「もしかしたら、菊さんがいるかもしれません」
その視線が、わずかに下に向く。
「聞いている……」
「あの……私……菊さんを説得したいと思ってます」
景子が、自分の思いを口にした時、一瞬ダイの動きが止まった。
そして。
ふっと笑ったのだ。
苦笑気味に。
あぁ。
心を読まれた気がした。
あの菊が、説得ごときで折れるかどうか。
ダイの方が、よほど彼女のことを分かっているように笑ったのだ。
もう既に。
彼は、最悪の場合、菊と剣を交えることまで想定しているかのようだった。
しょぼん。
根回し作戦──またも失敗。




