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根回せ

 なんで。


 景子は、ガタゴト荷馬車に揺られながら、後方の景色を見た。


 なんで、こうなってるんだろう。


 その景色の中では、馬が3騎、荷馬車の後からついてきている。


 先頭が、アディマ。


 後方には、ダイともう一人の兵士が。


「気にするな、単なるオマケだ」


 荷馬車の中で、ロジューは大量のクッションにうずもれていた。


 時々、無性に眠くなるという。


 どんな荷物よりも、彼女は寝心地を確保したいようだ。


「オマケって……」


 イデアメリトスの世継ぎを捕まえて、付属品扱いもないだろうに。


 大体。


 魔法を使える血族の中で、一番低い地位だからロジューが選ばれたのではないだろうか。


「愚甥が、兄者に直談判にいったとかでな……経験を積ませるために、行かせようという話になったようだな」


 彼女は、言う。


 もし、ロジューがこの髪の長さを持っていなかったとするならば、白羽の矢が立ったのはアディマだと。


 直談判かぁ。


 馬上のアディマを見ると、目が合った。


 どういう顔をしたらいいか、よく分からない。


 彼を憂鬱にさせる魔法の歌人に、イデアメリトスが二人向かうのだ。


 とっさの時に、自分は二人を止められるだろうか。


 景子が望んでいるのは、抹殺ではなく話し合いなのだから。


「だが、兄者もワルだからな……愚甥に許可は出したが、私への命令は撤回なしだ」


 今度は、自分の兄を捕まえて悪者扱いを始める。


「あの愚甥一人では、手加減するかもしれんからな……」


 くくく、とロジューは笑った。


 あー……。


 景子は、遠い目をしたくなった。


 おそらく、スレイもついてきているだろう。


 アディマ、ロジュー、ダイ、スレイ。


 この四人に囲まれたまま、どれほど穏便に事が運べるか。


 が、が、がんばる。


 細腕で、ぎゅっと拳を作りながら、景子は自分の決意は曲げなかった。



 ※



 よし。


 景子は、考えた。


 目的地に到着するまで、おそらく結構な日数がかかるだろう。


 それならば、と。


 彼女は、日本人だ。


 この世界に、根を下ろすと決めはしたものの、その根元は変わらないわけで。


 日本人ならば、日本人らしく根回しをしよう!


 いきなり、景子がやろうと思っていることを行動したところで、うまくいくはずがない。


 ロジューとアディマ、ダイとは話をすることは可能なこの環境で、一人でも味方が増えればいいではないか。


 ということで、景子は常に一緒にいるロジューを、最初のターゲットにしたのだ。


「出会っていきなり……魔法ぶっ放したりは……しないですよ、ね?」


 クッションに身を預けているロジューは、彼女の言葉にけだるげに寝返りを打つ。


「あぁ? そんなもの気分だ……」


 だるい声が、それこそ気分で返事をしている。


「気分って」


 景子の知り合いが、一緒にいるかもしれないことは、既に知っているにも関わらず、そんなことはお構いなしのようだ。


「別の言い方をすれば、カンだ……相手がヤバイ奴だったら、躊躇などしない」


 旅を多くしている彼女が、いまも生きているということは、それだけ強かったということだ。


 その強さの中に、カンも含まれるのだろう。


 景子は、ちょっと嫌な予感がした。


 歌を歌う人、ではなく──菊だ。


 ロジューのカンが、菊を見てどう働くか。


 菊は、基本穏やかで明るいが、戦いとなるとまったく躊躇がない。


 命のやりとりに、本当に躊躇しないのだ。


 考えすぎかもしれないが、ロジューと菊を会わせることに、不安が頭をもたげてきた。


「あのぉ……変な剣を持ってる人は、私が絶対止めますから……いきなり魔法は……」


 不安を隠せないまま、もうひとおし。


「なら、私に出会う前に見つけて止めるんだな……私は知らん」


 ロジューは、まったくもっていつも通りだった。


 あう。


 景子は、がくっと肩を落とす。


 根回しは──完全な失敗だった。



 ※



 景子は、考えたのだ。


 彼らが向かう先にいるのが、菊だと仮定して。


 彼女が、何故その魔法の歌を歌う人と一緒にいるのか。


 おそらく、気に入ったから。


 何か、菊の心を動かすものを持っていたからだろう。


 魔法の歌の話は、少しだけロジューから聞いた。


 月の者ではないか。


 そう言われたために、景子の頭の中からアルテンは消えたのだ。


 彼は、領主の息子なのだから。


 見知らぬ男が、もし危険になった時──菊は、彼を見捨てるだろうか。


 無理だ。


 袖すり合うも他生の縁。


 相手が誰だろうと、絶対にいま横にいる相手を守るだろう。


 そこが、菊の菊たるゆえん。


「ダイさん……」


 昼食休憩時。


 荷馬車から降りた景子は、さりげなく彼の近くに行った。


 視線が動いて、ダイは景子を認識する。


「もしかしたら、菊さんがいるかもしれません」


 その視線が、わずかに下に向く。


「聞いている……」


「あの……私……菊さんを説得したいと思ってます」


 景子が、自分の思いを口にした時、一瞬ダイの動きが止まった。


 そして。


 ふっと笑ったのだ。


 苦笑気味に。


 あぁ。


 心を読まれた気がした。


 あの菊が、説得ごときで折れるかどうか。


 ダイの方が、よほど彼女のことを分かっているように笑ったのだ。


 もう既に。


 彼は、最悪の場合、菊と剣を交えることまで想定しているかのようだった。


 しょぼん。


 根回し作戦──またも失敗。

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