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自分の使い方

 翌朝早く。


 景子は、自室に戻ろうとした。


 アディマのかけてくれた影の魔法のおかげで、ほとんど人目につかずに西翼へと帰れたのだ。


 だが。


 自室の前に、ロジューの部屋があり。


 その部屋の前を通り過ぎる時、扉が開いたのだ。


 にゅっと伸びてくる褐色の腕が、景子の襟首を掴んで部屋に引っ張り込む。


「お早いお帰りだな」


 影の魔法は、イデアメリトスには効かないのか。


 それとも、東翼に入ったら切れるようになっていたのか。


 よく分からないまま、軽く彼女はロジューに捕獲されたのである。


「お、おはようございます」


 朝帰りのことを、責められるかと思った。


「私はすぐに戻らねばならなくなった……いま、朝食の準備をさせているから、ちょっと付き合え」


 ロジューは、ぶすったれた顔でソファに強く座り込むのだ。


 はぁ、と景子は向かいに小さく座る。


 大急ぎで運ばれる朝食が並んで行くのを見ながら、景子は不機嫌な表情を変えない彼女の顔をちらちらと見ていた。


 使用人が下がると、おもむろにロジューはパンを掴み上げた。


「昨日、歌を歌う者の話をしたろう」


 あー。


 アディマの喉の異物の話を思い出して、景子はどんよりした。


 最初は、好奇心を隠さなかったロジューだというのに、一晩でこの表情である。


「兄者に言われてな……私が先鋒で行くことになった」


 パンにかぶりつきながら、彼女は言葉とともに奥歯で何かを噛みしめていた。


「歌う者が魔法を使う者であったならば、イデアメリトス以外が行っても返り討ちにあうだけだからな」


 返り討ち。


 その不穏な言葉に、景子はぞくっとした。


 イデアメリトスならば、対等に戦えるかのような表現だったのだ。


 そんな。


「おなか……子供がいるのに」


 遠い旅路の荒事に、ロジューを使うのか。


 景子は青くなった。


 ちらりと、彼女は自分の腹部を見る。


「しょうがあるまい……イデアメリトスにとって、私とこの子が、一番優先順位が低いのだ」


 ロジューは、割り切った物言いをしていたが──苦い表情だけが、全てを裏切っていた。



 ※



「そんなの、そんなの!」


 景子は、ロジューに訴えようとした。


 まるで彼女が、イデアメリトスのために生贄にされる気がしたのだ。


 確かに、魔法を使える三人の中では、一番位は低いかもしれない。


 だからと言って、もし死んでも影響がないから、みたいな使い方をされるのはおかしいと思ったのである。


「心配するな……うまくやれば死にはせんし、子供も無事だ」


 景子の心配ぶりが余りにひどかったのか、あのロジューに逆にフォローされる始末だ。


 だが、彼女の心配はロジューだけではなかった。


 向こう側には、菊がいるかもしれない。


 ロジューVS菊、あるいはスレイVS菊ということになったら、景子はどうすればいいのか。


 どちらが倒れても、彼女は長い嘆きに捕らわれるだろう。


 と、止めなければ。


 ロジューを、ではない。


 彼女は既に、兄──イデアメリトスの君主から命令されているのだ。


 それを、景子が覆すことは不可能である。


 止めるのは。


 菊とぶつかり合うことだ。


 もし、本当に向こうの魔法を使えるものと菊が一緒にいるというのならば、きっと話し合える。


 戦いを始めてしまう前ならば、きっと方法があるはず。


「わ、私も連れて行って下さい!」


 景子は──決意した。


 自分が身重であるとか、行った先がどれほど危険なのかとか、そんなことはどうでもよかった。


 ロジューが、自分をそう使うというのならば。


 景子もまた、自分をこう使うと決めたのである。


 イデアメリトスの日向花は、目を丸くした。


 そして。


 大笑いを始めたのだ。


「あっはっはっは……そんな男前な目で口説かれたら、よろめいてしまいそうじゃないか」


 景子の言葉を茶化しながら、ロジューはさっきまでの憂鬱を忘れたかのように、長く笑い続けたのだった。


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