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夜話

「元気そうだね、ケイコ」


 人払いされたアディマの部屋。


 ロジューに、部屋まで送ってもらったのだ。


『年下に偉くなられると、腹が立つものだな』


 彼女は、とても分かりやすい理由で立腹していた。


 これまで彼女より偉いのは、君主である兄だけだったのだろう。


 既にアディマは、正式な世継ぎとして認められたという。


 そうなると、順序的に君主、アディマ、ロジューということになるらしい。


 だから、アディマの頼みを断れない──というのは、建前だろう。


 景子を送ることもきっと、心底嫌なことではないのでやってくれたのだ。


「アディマも元気そう……ね?」


 近づいてくるアディマが、優しく彼女を抱き寄せる。


 景子の言葉が、疑問形になったのは、そんな彼の行動に思うところがあったからではない。


 彼女を抱きしめながらも、何か気になることがあるような様子だったのだ。


「大丈夫?」


 胸元に埋めていた顔を、真上に持ち上げて彼を見上げる。


 光はいつも通りなので、体調が悪いというわけではなさそうだ。


「大丈夫だよ……ケイコ」


 もう一度、ぎゅっとされる。


 上の空ではない。


 腕の中で、彼女の形を確かめるように抱きしめるアディマは、他にも考えなければならないことがたくさんあるのだ。


 この国を、継がなければならないのだから。


「ケイコ……今日は、このままこの部屋にいておくれ。普段、一緒にいられないのだから、ゆっくり話をしよう」


 それでも。


 彼は、その貴重な時間を、景子と共に過ごそうと願ってくれるのだ。


 彼女もまた、アディマの身体をぎゅうっと抱き返した。


 話したいことは、たくさんたくさんあった。


 一晩では、到底足りないほど。


 大半は、彼にとっては取るに足らないことだろう。


 それでも、アディマの心が少しでも晴れるなら、景子はそうしたいと思ったのだ。



 ※



「農林府でね……」


 景子は、とりあえずアディマの興味のありそうな話題を口に出してみた。


 畑に水を張るための治水の話や、連作障害解消のための話を、彼女は夢中になって話したのだ。


 自分の好きな話のせいで、どんどん言葉に熱がこもってゆく。


 最近、本当に仕事がしやすい気がした。


 温室の報告書も、別の部署の目にとまったらしい。


 ロジューのところに、今度農林府から視察団が向かうという。


 暑季地帯でしか取れない薬草などを、都の近くで栽培するために活用したい──話が、いろんな方向に膨らんでいた。


「室長も、最近あまり怖くないから、仕事場の居心地がいいの」


 にこにこしながら、景子は順調な仕事をアディマにアピールした。


 農林府に入れたことを、彼が喜んでくれると嬉しいと思ったのだ。


「そうか……よい上司に恵まれたね」


 ソファの隣に座るアディマの金褐色の目が、一度細められた後、微かに何かを考える瞳に変わる。


「室長は、何かケイコに言ったかい?」


 ふと。


 彼の唇が、不思議なことを言った。


 ???


 質問の意味が分からない。


「ええと……仕事の話くらいしか……あ、一回だけ結婚しているかどうか聞かれたかな」


 さして多くはない、室長との記憶を、景子は軽く掘り起こしてみた。


「アディマの叔母様の勧めで、結婚したことにしているので……そう答えておいたんだけど……」


 だ、だめだった?


 景子は、ちょっと心配になりながら、彼を見た。


 アディマは、穏やかに目を細める。


「ああ、聞いたよ。便宜上とは言え、嘘をつかせてしまっているね……すまない」


 彼は、もう室長の話は出さなかった。


 ただ、優しく肩を抱いてくれる。


 不甲斐ない自分自身を、厭わしく思ったのかもしれない。


「嘘は苦手だけど、アディマとの子供を授かったのは、すごく嬉しいのよ……それは本当」


 にこにこと、景子は笑ったのだ。


 けれども──暗雲は、すぐそこに近づいてきていた。



 ※



 暗雲は。


 菊だった。


 景子が、ロジューの噂で菊らしい人が出てくることを、アディマに言ってしまったのだ。


 それが、悪いことだとは思いもせずに。


 だが。


「彼女が、歌の男と一緒に?」


 彼の表情は、一瞬で曇ったのだ。


「違うかもしれないんだけど……」


 景子の唇も、我知らず重くなる。


 既にもう、心の中では『違うといいな』まで進化し始めていた。


 アディマの表情は、それくらい重いものだったのだ。


「彼女のことだから、どんな不思議な人とでも、気楽に旅をしているんだろうね」


 不思議な人。


 その部分に、奇妙なアクセントを感じた。


 そこに、地雷が埋まっている──そんな気配。


 せっかく、アディマと楽しい時間を過ごすはずだったのに、どうにもうまくいかない。


 彼が、何かを喉に詰まらせたまま、飲み込めずにいるからだ。


 景子とどんな明るい話をしていても、その喉の異物感がアディマを憂鬱にさせるのだろう。


「わ、私に話せることなら話して。出来るだけ力になるから」


 政治のことは、景子には分からない。


 けれども、菊のことなら少しは分かるのだ。


 アディマは、ソファに背を預けるように沈み込むと、上を見上げた。


「魔法を、イデアメリトスのものだけにしておくのが、本当はとても難しいことなんだと思ってね」


 上を見上げたまま、瞳が景子の方へと動かされた。


 どきっと、した。


 彼女自身も、魔法に似たような奇妙な力があるからだ。


 アディマは、それを知っている。


 彼は、景子の魔法を知った時に喜んだ。


 しかし、そんな単純な話ではないのだと、瞳が彼女に教えてくれた。


 魔法の君主の統べるこの国は、他に魔法を使う者がいてはならないのだろうか。


 そうだというのならば。


 景子もまた、危険な因子ということになるのだ。

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