魔法というもの
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ケイコが、宮殿に来ているという。
アディマは、すぐに会いに行きたい気持ちはあったが、そうは出来なかった。
父親に、呼び出されたのだ。
父──ザルシェイダハクシス・イデアメリトス・カラナビル16は、本来明朗な性質である。
その父が、妹が捕えられた時よりも、深刻な表情をしていた。
宮殿の謁見室は、完全に人払いがされており、アディマ以外誰もいない。
「妹がな、奇妙な噂を持ってきたのだ」
玉座は、石で出来ている。
いや、床から生えていると言った方が正しいか。
その玉座は、大きな白石から作られたのだ。
床もろともに。
16人のイデアメリトスが座った、まったく変わらない玉座だ。
そこに身をおさめつつも、父はロジューから聞いたという話をアディマにするのである。
奇跡の歌を歌う男。
「私も、一度しか聞いたことがない。祖父からだ。その記憶をたどって、文献を紐解いてみた……」
アディマの曽祖父にあたる14代目のイデアメリトスは、学者肌だったと聞いている。
「歌で魔法を使う者が……いたのだ、かつて」
父は考え込むように、両の指を組んだ。
「だが、歌はさしたる力を持たない……戦いで使われるのは歌ではない」
話が、水のように流れてゆく。
その水の中央に、『魔法』というものが流れていることに、アディマは注視していた。
「だが……その歌を歌えるということは、戦う魔法も使えるのかもしれん」
アディマの脳裏に閃いたのは、月の者たち。
彼らも、魔法を持つ一族の末裔だ。
しかし。
もはや、魔法を使えるほどの力の持ち主は、ほぼ皆無に等しいと聞いている。
もし、彼らが魔法をいくらでも使えるというのなら、アディマの旅は、確実に失敗に終わったはずだ。
「魔法を使えるもので、世に出ていいのはイデアメリトスだけなのだ……」
父は、深く深く何かを考え込み始める。
その言葉に。
何故、父がケイコとの間に子を作ることを認めたのか、理解出来た気がした。
ただ──魔法というものの全てを、イデアメリトスの管理下に置きたかったのだ。




