はい、きっと!
☆
税務部の室長は、人種的にはアディマと同じだった。
褐色の肌と、金褐色の瞳。
外を精力的に動き回る人らしく、がっしりとした彼は、景子の話を聞いた後、外畑に同行するように頼んだのだ。
「君の言うような、豆類の枯れ草は確実に確保できるわけではない。穀物畑を他のものに切り替えるわけにもいかない」
穀物畑を前に、室長ははっきりと条件を突きつけてくる。
「では……水を入れるより他、ありませんか」
ひとつの畑に入れるだけならば、そう大変ではないだろう。
しかし、全ての畑に水を引くとなると、現実問題は厳しかった。
「そうだな……そうなれば、国中に治水工事が必要になる」
考えるまでもなく、大掛かりな工事だ。
相当な税金の投入と、何年も何年もかけて工事を行わなければならないだろう。
この大陸は、とても広いのだ。
「そのためには、確実に税収が倍に上がるという裏づけがいるのだ。それを、この外畑で農林府に試験して欲しい」
熱意の含まれた視線に、景子はゴクリと息を呑んだ。
責任重大だった。
本当に治水工事が成功するならば、地域的には水耕栽培の可能性もありだ。
日本で、田に水を張り稲を作り、その後で麦を作るように。
可能性は、いくらでも広がるが、それはとても長い年月を必要とすることも理解していた。
だが。
「はい、頑張ります」
景子は、笑った。
この身に、アディマの子を宿すと決めた時、彼女はもうこの国に骨を埋める覚悟を決めたのだ。
残りの命の使い方を、ここで決めていく。
農業を技術にする。
それは、農民のためであり、国のためであり、アディマのためでもある。
そんな彼女の目の中に。
光が入ってくる。
税務府の室長の身体の向こう。
ぴかぴかに光る光が、門を超えて見えてくる。
景子が、その光にみとれてほけっとしていると。
室長も、何事かと振り返る。
イデアメリトスの光だった。
いや──アディマの光だった。
※
アディマとダイ。
イデアメリトスの世継ぎが、たった一人の護衛だけを連れて、門の外に出てくるなんて。
景子は、それにどう反応したらいいか、分からなかった。
けれども、近づいてくるアディマは、彼女を見つけて幸せそうな瞳になるのだ。
微笑んでいるわけではない。
目だけで、彼女に会えた嬉しさを伝えてくれる。
室長は、一瞬誰か分からなかったようだ。
「職務、ご苦労だね」
穏やかにかけられた声に、室長ははっと気づいたように臣下の礼を取った。
景子は。
ぼーっと彼を見ていた。
腰をかがめて、女性らしくご挨拶をしなければならないというのに。
「おそれながら……イデアメリトスの御方とお見受けいたしましたが」
顔を上げられないまま、税務府の室長は静かに声を綴る。
「税務府に行ったら、こっちだと聞いたからね……職務の邪魔はしないよ」
彼に立ち上がるように許可を出しながら、アディマは外畑を見た。
「この畑に、倍の実りを与えてくれると聞いてね」
イデアメリトスの瞳が、景子を見る。
あう。
その言葉は、彼女にプレッシャーを与えてくれる。
だが、その重圧に耐え、景子をぐっと顔を上げるのだ。
「はい、精一杯頑張ります」
アディマが、仕事として来ているのならば、彼女も仕事として答えなければならない。
彼は一度、肯くように瞳を伏せる。
「ところで、ひとつ聞きたいのだが」
視線は、ゆっくりと再び景子に向けられた。
「イエンタラスー夫人の屋敷にいる女性を知っていると思うが……彼女は、我が国の手伝いをしてくれるだろうか」
室長がいるために、回りくどい表現になるのだろう。
だが、そんなアディマの言葉は、景子を一言ごとに明るくしていくのだ。
景子は、心の底から笑顔になった。
「はい、きっと!」
彼女の太陽は、ちゃんと遠くまで見ていてくれたのだ。




