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はい、きっと!

 税務部の室長は、人種的にはアディマと同じだった。


 褐色の肌と、金褐色の瞳。


 外を精力的に動き回る人らしく、がっしりとした彼は、景子の話を聞いた後、外畑に同行するように頼んだのだ。


「君の言うような、豆類の枯れ草は確実に確保できるわけではない。穀物畑を他のものに切り替えるわけにもいかない」


 穀物畑を前に、室長ははっきりと条件を突きつけてくる。


「では……水を入れるより他、ありませんか」


 ひとつの畑に入れるだけならば、そう大変ではないだろう。


 しかし、全ての畑に水を引くとなると、現実問題は厳しかった。


「そうだな……そうなれば、国中に治水工事が必要になる」


 考えるまでもなく、大掛かりな工事だ。


 相当な税金の投入と、何年も何年もかけて工事を行わなければならないだろう。


 この大陸は、とても広いのだ。


「そのためには、確実に税収が倍に上がるという裏づけがいるのだ。それを、この外畑で農林府に試験して欲しい」


 熱意の含まれた視線に、景子はゴクリと息を呑んだ。


 責任重大だった。


 本当に治水工事が成功するならば、地域的には水耕栽培の可能性もありだ。


 日本で、田に水を張り稲を作り、その後で麦を作るように。


 可能性は、いくらでも広がるが、それはとても長い年月を必要とすることも理解していた。


 だが。


「はい、頑張ります」


 景子は、笑った。


 この身に、アディマの子を宿すと決めた時、彼女はもうこの国に骨を埋める覚悟を決めたのだ。


 残りの命の使い方を、ここで決めていく。


 農業を技術にする。


 それは、農民のためであり、国のためであり、アディマのためでもある。


 そんな彼女の目の中に。


 光が入ってくる。


 税務府の室長の身体の向こう。


 ぴかぴかに光る光が、門を超えて見えてくる。


 景子が、その光にみとれてほけっとしていると。


 室長も、何事かと振り返る。


 イデアメリトスの光だった。


 いや──アディマの光だった。



 ※



 アディマとダイ。


 イデアメリトスの世継ぎが、たった一人の護衛だけを連れて、門の外に出てくるなんて。


 景子は、それにどう反応したらいいか、分からなかった。


 けれども、近づいてくるアディマは、彼女を見つけて幸せそうな瞳になるのだ。


 微笑んでいるわけではない。


 目だけで、彼女に会えた嬉しさを伝えてくれる。


 室長は、一瞬誰か分からなかったようだ。


「職務、ご苦労だね」


 穏やかにかけられた声に、室長ははっと気づいたように臣下の礼を取った。


 景子は。


 ぼーっと彼を見ていた。


 腰をかがめて、女性らしくご挨拶をしなければならないというのに。


「おそれながら……イデアメリトスの御方とお見受けいたしましたが」


 顔を上げられないまま、税務府の室長は静かに声を綴る。


「税務府に行ったら、こっちだと聞いたからね……職務の邪魔はしないよ」


 彼に立ち上がるように許可を出しながら、アディマは外畑を見た。


「この畑に、倍の実りを与えてくれると聞いてね」


 イデアメリトスの瞳が、景子を見る。


 あう。


 その言葉は、彼女にプレッシャーを与えてくれる。


 だが、その重圧に耐え、景子をぐっと顔を上げるのだ。


「はい、精一杯頑張ります」


 アディマが、仕事として来ているのならば、彼女も仕事として答えなければならない。


 彼は一度、肯くように瞳を伏せる。


「ところで、ひとつ聞きたいのだが」


 視線は、ゆっくりと再び景子に向けられた。


「イエンタラスー夫人の屋敷にいる女性を知っていると思うが……彼女は、我が国の手伝いをしてくれるだろうか」


 室長がいるために、回りくどい表現になるのだろう。


 だが、そんなアディマの言葉は、景子を一言ごとに明るくしていくのだ。


 景子は、心の底から笑顔になった。


「はい、きっと!」


 彼女の太陽は、ちゃんと遠くまで見ていてくれたのだ。

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