梅の理由
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梅は、食堂の空気を吸いながら、空気そのものから伝わってくるものを感じていた。
一番上座の子供──『彼』が、一番偉い人。
それから、女主人。
そして、『彼』のお付きの男。
これまでのこと、そしてこれからのことを、彼らは話しているようだった。
梅は、自分たちの置かれている現状に、既に持久戦の心構えを持っていた。
日本とは、違うところに来てしまったのだ。
いつ帰れるかは、完全なる未定だし、方法も分からない。
となると、まずここで生きて行くことを第一に、考えなければならなかった。
幸い。
彼らには、ツキがあった。
通りすがりに共闘した小集団が、身分のある者のようで、彼女らに義理を感じてくれているということである。
三人の中で、この環境で一番生きていけないのは、おそらく自分だ。
そう、梅は自覚していた。
幸い、女主人は彼女の着物に、えらくご執心のようで。
屋敷や調度の趣味といい、それなりに話が合いそうでもある。
それならば、梅はここに残るべきだった。
逆に言えば、菊と景子は行かせる気だったのだ。
景子は、特に『彼』のお気に入りである。
一緒に連れて行く気のようだ。
わざわざ、名指しで話に出したのだから。
菊は──行かせたかった。
彼女は、ずっと武者修行に行きたがっていた。
だが、日本で武者修行をするには、残念ながら近代化しすぎてしまったのだ。
剣術道場も減り、剣道に代わってしまった。
ここならば。
この世界ならば、菊は刀を振るえる。
存分に、命がけの武者修行が出来る。
そう、梅は思ったのだ。
弟の生誕を祝福するために、祖父に持たせられた家宝・定兼がここにあるのも、何かの運命だろう。
流派は、弟が継げばいい。
定兼は、菊が継げばいい。
ああ。
梅は、苦笑した。
私が、『この世界』に来るを望んだのかもしれない、と。
菊のために。




