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帰宅

 温室を満室にして、景子はようやく温室計画をひと段落させた。


 立派な、プチジャングルの出来上がりだ。


 背の高さだけ気をつけて選んだ植物の林に、ロジューは満足げだった。


 そこで、彼女は一度都へ戻ることにしたのだ。


 だが、スレイが、景子の都入りに付き合うことになっていて。


 一泊二日の行程を、一緒にいなければならないのは、なかなかの苦行に思えた。


 案の定。


 静かな旅路だった。


 彼は、しっかりとフードをかぶっているので、どんな顔をしているのかさえ分からない。


 しかし、彼の歩く速度は景子に合わせられているし、まめに休憩が挟まれる。


 おそらく、ロジューから強く言い含められているのだろう。


 夜。


 焚火の側で、ついついスレイを見てしまう。


 彼は、ロジューのおなかの子の父親になるのだ。


 どちらも順調に育てば、ほぼ同時期に生まれることになる。


「あのぉ……父親になるって、どんな気持ちですか?」


 アディマは、どう感じているのだろうか。


 景子にとって、それは気になるところでもあった。


 何となく、いまここにいるスレイが、ちょうどいいサンプルに思えたのだ。


 ちらりと。


 フードの顔が動いた。


 暗がりの中から、一瞬白目の部分が閃く。


「母親になる気持ちとは……どんなものだ?」


 だが、質問には質問が返って来た。


 言われてみれば、まだ景子にも自覚がない。


 自分のおなかを見下ろしながら、彼女はうーんと一度うなった。


「そうですねー……うっかり者なので、無事産めるところまでいけるか心配です」


 切実な感想だった。


 既に一度、すっ転ぶという前科があるのだ。


 農林府やリサーの叔父の家や、こういう短い旅路で、何があるか分からない。


「そう思うなら、おとなしくしていたらどうだ」


 スレイは──やはり、痛烈だった。


 それに、軽くひきつりかけた時。


 ふと、景子は思った。


「彼女も……おとなしくしていないんじゃ……」


 言うと。


「するわけがない……」


 地の底まで落ちて行きそうなため息を、スレイは落としたのだった。



 ※



 リサーの叔父の屋敷まで、スレイは同行した。


 顔を見せるというほどでなくとも、存在だけは明らかにしておかせると、ロジューには言われていたのだ。


「あらあらお帰り。長い仕事だったね」


 女中頭のネラッサンダンは、景子の顔を見るや嬉しげに笑った。


「はい、いま帰りました」


 ぺこりと頭を下げていると、ネラの視線は既にスレイに向けられていた。


 フードをかぶったままなので、気味が悪く思われているのかもしれない。


「あ、あの……イデアメリトスの妹君のご紹介で……その」


 教えられた通りの言葉で、景子があうあうと不慣れな言葉を紡ごうとしたら。


 先に、ネラがにんまりと笑った。


「ああ、そうかいそうかい……すごい御方に紹介してもらったんだね。よかったねえ。30過ぎてるって聞いて心配してたんだよ」


 あはははは。


 あっという間に理解され、笑いながら景子の腕をばんばんと叩く。


「あ、じゃあ、どこかに引っ越しするのかい?」


 はっと気付いた顔で、そう問いかけられた。


「い、いえ……彼はイデアメリトスの妹君のところで働いているので、このまま隣領に帰ります。私は、もうしばらくこちらのお世話になります」


 嘘をつくのって、すごくドキドキするものだ。


「そうかいそうかい。お勤めがあるんじゃしょうがないね」


 この場合のドキドキを、ネラは違う意味だと理解してくれたようで。


 胸が痛いなあ。


 景子は、あうあうと心の中で唸った。


「では……行くぞ」


 小さく、スレイが声をかけるのに、景子はこくこくと頷いた。


 護衛ありがとうございました、と言おうとした口に、ストップをかけると、他の言葉が見つけられなかったのだ。


 自分の夫役の相手に、ありがとうございましたもないのだから。


 去っていくスレイを、ネラと見送っていると。


「あんた……多分、子供を授かってるよ。そんな顔をしてる……大事にしないとね」


 ネラが、にっこりしながら物凄いことを言い当ててきた。


 景子の心臓は、どきっと飛び跳ねる。


 さすがは、経験者。


 魔法なんかなくても、彼女は簡単にそれを言い当ててしまった。


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