帰宅
☆
温室を満室にして、景子はようやく温室計画をひと段落させた。
立派な、プチジャングルの出来上がりだ。
背の高さだけ気をつけて選んだ植物の林に、ロジューは満足げだった。
そこで、彼女は一度都へ戻ることにしたのだ。
だが、スレイが、景子の都入りに付き合うことになっていて。
一泊二日の行程を、一緒にいなければならないのは、なかなかの苦行に思えた。
案の定。
静かな旅路だった。
彼は、しっかりとフードをかぶっているので、どんな顔をしているのかさえ分からない。
しかし、彼の歩く速度は景子に合わせられているし、まめに休憩が挟まれる。
おそらく、ロジューから強く言い含められているのだろう。
夜。
焚火の側で、ついついスレイを見てしまう。
彼は、ロジューのおなかの子の父親になるのだ。
どちらも順調に育てば、ほぼ同時期に生まれることになる。
「あのぉ……父親になるって、どんな気持ちですか?」
アディマは、どう感じているのだろうか。
景子にとって、それは気になるところでもあった。
何となく、いまここにいるスレイが、ちょうどいいサンプルに思えたのだ。
ちらりと。
フードの顔が動いた。
暗がりの中から、一瞬白目の部分が閃く。
「母親になる気持ちとは……どんなものだ?」
だが、質問には質問が返って来た。
言われてみれば、まだ景子にも自覚がない。
自分のおなかを見下ろしながら、彼女はうーんと一度うなった。
「そうですねー……うっかり者なので、無事産めるところまでいけるか心配です」
切実な感想だった。
既に一度、すっ転ぶという前科があるのだ。
農林府やリサーの叔父の家や、こういう短い旅路で、何があるか分からない。
「そう思うなら、おとなしくしていたらどうだ」
スレイは──やはり、痛烈だった。
それに、軽くひきつりかけた時。
ふと、景子は思った。
「彼女も……おとなしくしていないんじゃ……」
言うと。
「するわけがない……」
地の底まで落ちて行きそうなため息を、スレイは落としたのだった。
※
リサーの叔父の屋敷まで、スレイは同行した。
顔を見せるというほどでなくとも、存在だけは明らかにしておかせると、ロジューには言われていたのだ。
「あらあらお帰り。長い仕事だったね」
女中頭のネラッサンダンは、景子の顔を見るや嬉しげに笑った。
「はい、いま帰りました」
ぺこりと頭を下げていると、ネラの視線は既にスレイに向けられていた。
フードをかぶったままなので、気味が悪く思われているのかもしれない。
「あ、あの……イデアメリトスの妹君のご紹介で……その」
教えられた通りの言葉で、景子があうあうと不慣れな言葉を紡ごうとしたら。
先に、ネラがにんまりと笑った。
「ああ、そうかいそうかい……すごい御方に紹介してもらったんだね。よかったねえ。30過ぎてるって聞いて心配してたんだよ」
あはははは。
あっという間に理解され、笑いながら景子の腕をばんばんと叩く。
「あ、じゃあ、どこかに引っ越しするのかい?」
はっと気付いた顔で、そう問いかけられた。
「い、いえ……彼はイデアメリトスの妹君のところで働いているので、このまま隣領に帰ります。私は、もうしばらくこちらのお世話になります」
嘘をつくのって、すごくドキドキするものだ。
「そうかいそうかい。お勤めがあるんじゃしょうがないね」
この場合のドキドキを、ネラは違う意味だと理解してくれたようで。
胸が痛いなあ。
景子は、あうあうと心の中で唸った。
「では……行くぞ」
小さく、スレイが声をかけるのに、景子はこくこくと頷いた。
護衛ありがとうございました、と言おうとした口に、ストップをかけると、他の言葉が見つけられなかったのだ。
自分の夫役の相手に、ありがとうございましたもないのだから。
去っていくスレイを、ネラと見送っていると。
「あんた……多分、子供を授かってるよ。そんな顔をしてる……大事にしないとね」
ネラが、にっこりしながら物凄いことを言い当ててきた。
景子の心臓は、どきっと飛び跳ねる。
さすがは、経験者。
魔法なんかなくても、彼女は簡単にそれを言い当ててしまった。




