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手紙と新しい使用人

 夕方。


 ジャングルから屋敷に、景子がよろよろと戻ると。


「あー……外にいたのか」


 嫌そうな顔をしたロジューが、彼女を見つけて声をかけてきた。


「お前の部屋に……客人だ……いや、客人というか……」


 珍しく、歯切れの悪い口調だ。


 その瞳は、忌々しそうに何かを睨んでいる。


「まったく……」


 ぶつぶつと何かを言いながら、ロジューは消えていった。


 客?


 景子は、その相手が気になってはいたが、のろのろと部屋に戻った。


 自分の部屋なのに、ノッカーを鳴らさなければいけない気になり、コツコツと小さく叩いた。


「あのぉ……」


 そぉっと扉を開けると。


 ソファには、見覚えのある女性が座っていた。


「シャンデル!」


 長い旅を、一緒にした女性だ。


「お久しぶりね……」


 彼女は、変わらない整った声で答える。


「都について、ブエルタリアメリー様の屋敷に、私もしばらくお世話になっていたんだけれど……あなたはずっと不在だったわね」


 そして、視線を部屋の中をぐるりと一回りさせるのだ。


 こんなところにいたなんて──そう言いたいのだろう。


「シャンデルは、この町に用事でもあったの?」


 景子にしてみれば、彼女がここにいる方が不思議だ。


 一緒に旅をしていたが、シャンデルの性質的には、ひとところに落ち着いている方が合っている気がした。


「イデアメリトスの君のお計らいで、こちらで働くことになったの」


 その表情は、とても誇らしげだ。


 現君主の、妹の屋敷で働けるのである。


 彼女からしたら、大出世なのだろうか。


 だが。


 景子は、さっきのロジューの表情のことを思い出していた。


 あの苦い顔は、アディマに向けたものだったのに違いない、と。


 そして、そのアディマは。


 おそらく、景子のことを気遣って、シャンデルを送り出してきたに違いないのだ。


 ああ、またアディマは──叔母に『甘やかすな』と言われるんだろうなぁ。



 ※



 シャンデル自身は、ロジューに仕えることになっていた。


 それが、当然の流れだった。


 だが、ロジュー自身、使用人は十分足りている。


 景子の話し相手や、日常の付き合う相手として、ちょうどいいとアディマは思ったのだろう。


 嬉しいというか、困るというか。


 そんな彼の気遣いに、景子も戸惑っていた。


 まだ、シャンデルは彼女の妊娠のことは知らないだろうし、スレイが夫扱いになっているし。


 それらを知ったら、一体どんな顔をするだろう。


「イデアメリトスの君から、内々に封書を預かっているわ。あなた……字は読めるの?」


 読めないなら、読んであげてもいいわよ。


 付け足された言葉に、景子は慌てた。


「だ、大丈夫……読めるわ」


 差し出された封書を、どきどきしながら受け取る。


「そう……」


 少しだけ残念そうだったのは、シャンデルも手紙の内容が気になっていたのだろう。


 人の手を介して送られる手紙なので、当たり障りのない文章で書いてはあるだろうが、彼から初めてもらった手紙である。


 大事に、一人で読みたかった。


「で……あなたは農林府に行ったと思っていたのだけれど、ここで何をしているの?」


 その手紙を握ったままの景子に、きわめて正当な質問を投げかけられた。


 あー。


 彼女は、軽く頭の中で回想してみる。


 しかし、簡単な返事で答えられるようなものではなかった。


「ええと……」


 更に、話の一部にモザイクをかけなければならない。


 アディマに関することだ。


「ここに、温かい部屋を作りにきたの……」


 とりあえず、一番無難な言葉で返答した。


 温かい部屋──怪訝そうに、シャンデルはそれを復唱している。


「あのね……もっと南の植物がすごしやすい部屋なの」


 追加説明を入れると。


 相変わらずなのね。


 植物馬鹿に対する視線が、まっすぐに彼女に突き刺さる。


 はい、相変わらずデス。


 景子は、苦笑いをするしかできなかった。



 ※



「まったく……面倒くさい」


 ロジューが、勝手に部屋にやってきた。


 毎度おなじみではあるが、入るなりぶつぶつと不満を漏らしている。


 景子は、いざアディマからの手紙を開けようと、気合を入れていたところで。


 見事に、出鼻をくじかれる結果となっていた。


「騙す人間が増えたぞ」


 やれやれと、ロジューが景子のベッドを占領して転がる。


 シャンデルのことだろう。


「まったく、愚甥は考えが足りんな。この屋敷にいる間は、お前は農林府の人間で客人扱いだから、使用人にいちいち事情を説明しなくても構わんが……あの者には、そうはいくまい」


 シャンデルは、景子の妊娠について、いつかは気づくだろう。


 気づいたら、聞き出そうとしてくるのは間違いない。


 ロジューの紹介で、彼女の従者と結婚して子供が出来た。


 そう、答えなければならないワケだ。


 そこで言い淀んだら、シャンデルが勘ぐりかねない。


 彼女は、アディマが景子を抱きしめたことを知っているのだから。


 旅路で起きたことだった。


 いらぬ詮索をされないためには、きちんと嘘をつかなければならないのだ。


 確かに。


 景子には、少し荷の重い嘘に感じた。


 相手が、一緒に旅をした人であるからこそ、余計に。


 一体、嘘はどこまでつけばいいのだろうか。


 周囲の人々、職場。


 その人数は、きっとだんだん増えてゆくのだ。


「まあ、温室の件が落ち着いたら、一度都へ帰ってもいいぞ」


 考え込んだ彼女に、ロジューはそう言ってくれた。


 一度。


 表現が微妙だ。


 また、ここに戻って来いと言うことだろうか。


「温室の効果が分かったら、改めて大きいものを作るからな」


 ああ。


 ロジューは、巨大温室計画のことを、しっかりと覚えていたのだった。



 ※



-------------


 ケイコへ。


 素晴らしい太陽の輝く日々が続いているが、健やかだろうか。


-------------


 そんな文章で始まるアディマの手紙は、景子を気遣う内容でいっぱいだった。


 ようやくロジューが帰ったかと思うと、今度は夕食で。


 全ての雑事が終わって、景子が部屋に戻ってきた時には、既に外は真っ暗だった。


 ソファに座り、テーブルの燭の灯りで手紙を読んでいた。


 困ったことがあれば、叔母に遠慮なく言うようにと書いてある。


 本当に、過保護だなあ。


 景子は、苦笑してしまった。


 これまでだって、彼女はリサーの叔父の家や農林府やロジューのところで、普通にすごせていたのだ。


 そんなに心配しなくていいのに。


 そう思いながらも、彼の気遣いはとても嬉しかった。


 三、四度読み返した後、手紙を膝の上に置いてふぅとため息をつく。


 そして、手紙の最後のサインを見るのだ。


 アディマの手による、自分自身の名前。


 そして、宛名の自分の名前のところ。


 これも、やはり彼の手による文字だ。


 ふと。


 窓の外に、光が動いた気がした。


 んん?


 夜に、外に誰かいるのだろうか。


 珍しいなと、視線を動かしてみたが、もう光はどこにもない。


 んー。


 これまで目撃したことはないが、夜に出歩く人と言えば。


 景子の頭の中では。


 あの黒豹のようなスレイくらいしか、思いつかなかったのだった。

この後、「ロジューの黒い獣【アリスズ164部の後】(n5254v)」と接続しています。ロジュー編に興味のある方は小説一覧よりどうぞ。このまま次へ進まれますと、本編の続きです。

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