手紙と新しい使用人
☆
夕方。
ジャングルから屋敷に、景子がよろよろと戻ると。
「あー……外にいたのか」
嫌そうな顔をしたロジューが、彼女を見つけて声をかけてきた。
「お前の部屋に……客人だ……いや、客人というか……」
珍しく、歯切れの悪い口調だ。
その瞳は、忌々しそうに何かを睨んでいる。
「まったく……」
ぶつぶつと何かを言いながら、ロジューは消えていった。
客?
景子は、その相手が気になってはいたが、のろのろと部屋に戻った。
自分の部屋なのに、ノッカーを鳴らさなければいけない気になり、コツコツと小さく叩いた。
「あのぉ……」
そぉっと扉を開けると。
ソファには、見覚えのある女性が座っていた。
「シャンデル!」
長い旅を、一緒にした女性だ。
「お久しぶりね……」
彼女は、変わらない整った声で答える。
「都について、ブエルタリアメリー様の屋敷に、私もしばらくお世話になっていたんだけれど……あなたはずっと不在だったわね」
そして、視線を部屋の中をぐるりと一回りさせるのだ。
こんなところにいたなんて──そう言いたいのだろう。
「シャンデルは、この町に用事でもあったの?」
景子にしてみれば、彼女がここにいる方が不思議だ。
一緒に旅をしていたが、シャンデルの性質的には、ひとところに落ち着いている方が合っている気がした。
「イデアメリトスの君のお計らいで、こちらで働くことになったの」
その表情は、とても誇らしげだ。
現君主の、妹の屋敷で働けるのである。
彼女からしたら、大出世なのだろうか。
だが。
景子は、さっきのロジューの表情のことを思い出していた。
あの苦い顔は、アディマに向けたものだったのに違いない、と。
そして、そのアディマは。
おそらく、景子のことを気遣って、シャンデルを送り出してきたに違いないのだ。
ああ、またアディマは──叔母に『甘やかすな』と言われるんだろうなぁ。
※
シャンデル自身は、ロジューに仕えることになっていた。
それが、当然の流れだった。
だが、ロジュー自身、使用人は十分足りている。
景子の話し相手や、日常の付き合う相手として、ちょうどいいとアディマは思ったのだろう。
嬉しいというか、困るというか。
そんな彼の気遣いに、景子も戸惑っていた。
まだ、シャンデルは彼女の妊娠のことは知らないだろうし、スレイが夫扱いになっているし。
それらを知ったら、一体どんな顔をするだろう。
「イデアメリトスの君から、内々に封書を預かっているわ。あなた……字は読めるの?」
読めないなら、読んであげてもいいわよ。
付け足された言葉に、景子は慌てた。
「だ、大丈夫……読めるわ」
差し出された封書を、どきどきしながら受け取る。
「そう……」
少しだけ残念そうだったのは、シャンデルも手紙の内容が気になっていたのだろう。
人の手を介して送られる手紙なので、当たり障りのない文章で書いてはあるだろうが、彼から初めてもらった手紙である。
大事に、一人で読みたかった。
「で……あなたは農林府に行ったと思っていたのだけれど、ここで何をしているの?」
その手紙を握ったままの景子に、きわめて正当な質問を投げかけられた。
あー。
彼女は、軽く頭の中で回想してみる。
しかし、簡単な返事で答えられるようなものではなかった。
「ええと……」
更に、話の一部にモザイクをかけなければならない。
アディマに関することだ。
「ここに、温かい部屋を作りにきたの……」
とりあえず、一番無難な言葉で返答した。
温かい部屋──怪訝そうに、シャンデルはそれを復唱している。
「あのね……もっと南の植物がすごしやすい部屋なの」
追加説明を入れると。
相変わらずなのね。
植物馬鹿に対する視線が、まっすぐに彼女に突き刺さる。
はい、相変わらずデス。
景子は、苦笑いをするしかできなかった。
※
「まったく……面倒くさい」
ロジューが、勝手に部屋にやってきた。
毎度おなじみではあるが、入るなりぶつぶつと不満を漏らしている。
景子は、いざアディマからの手紙を開けようと、気合を入れていたところで。
見事に、出鼻をくじかれる結果となっていた。
「騙す人間が増えたぞ」
やれやれと、ロジューが景子のベッドを占領して転がる。
シャンデルのことだろう。
「まったく、愚甥は考えが足りんな。この屋敷にいる間は、お前は農林府の人間で客人扱いだから、使用人にいちいち事情を説明しなくても構わんが……あの者には、そうはいくまい」
シャンデルは、景子の妊娠について、いつかは気づくだろう。
気づいたら、聞き出そうとしてくるのは間違いない。
ロジューの紹介で、彼女の従者と結婚して子供が出来た。
そう、答えなければならないワケだ。
そこで言い淀んだら、シャンデルが勘ぐりかねない。
彼女は、アディマが景子を抱きしめたことを知っているのだから。
旅路で起きたことだった。
いらぬ詮索をされないためには、きちんと嘘をつかなければならないのだ。
確かに。
景子には、少し荷の重い嘘に感じた。
相手が、一緒に旅をした人であるからこそ、余計に。
一体、嘘はどこまでつけばいいのだろうか。
周囲の人々、職場。
その人数は、きっとだんだん増えてゆくのだ。
「まあ、温室の件が落ち着いたら、一度都へ帰ってもいいぞ」
考え込んだ彼女に、ロジューはそう言ってくれた。
一度。
表現が微妙だ。
また、ここに戻って来いと言うことだろうか。
「温室の効果が分かったら、改めて大きいものを作るからな」
ああ。
ロジューは、巨大温室計画のことを、しっかりと覚えていたのだった。
※
-------------
ケイコへ。
素晴らしい太陽の輝く日々が続いているが、健やかだろうか。
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そんな文章で始まるアディマの手紙は、景子を気遣う内容でいっぱいだった。
ようやくロジューが帰ったかと思うと、今度は夕食で。
全ての雑事が終わって、景子が部屋に戻ってきた時には、既に外は真っ暗だった。
ソファに座り、テーブルの燭の灯りで手紙を読んでいた。
困ったことがあれば、叔母に遠慮なく言うようにと書いてある。
本当に、過保護だなあ。
景子は、苦笑してしまった。
これまでだって、彼女はリサーの叔父の家や農林府やロジューのところで、普通にすごせていたのだ。
そんなに心配しなくていいのに。
そう思いながらも、彼の気遣いはとても嬉しかった。
三、四度読み返した後、手紙を膝の上に置いてふぅとため息をつく。
そして、手紙の最後のサインを見るのだ。
アディマの手による、自分自身の名前。
そして、宛名の自分の名前のところ。
これも、やはり彼の手による文字だ。
ふと。
窓の外に、光が動いた気がした。
んん?
夜に、外に誰かいるのだろうか。
珍しいなと、視線を動かしてみたが、もう光はどこにもない。
んー。
これまで目撃したことはないが、夜に出歩く人と言えば。
景子の頭の中では。
あの黒豹のようなスレイくらいしか、思いつかなかったのだった。
この後、「ロジューの黒い獣【アリスズ164部の後】(n5254v)」と接続しています。ロジュー編に興味のある方は小説一覧よりどうぞ。このまま次へ進まれますと、本編の続きです。




