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晩餐

 夕方。


 乾いた着物と袴を菊に届けると、彼女はまた凛とした姿に戻った。


 残念ながら、アイロンという意図を使用人に伝えることはできなかったので、多少ヨレているのは仕方がないが。


 腰に、日本刀をぐっと差し込む。


 その姿は、少女にしておくのが惜しいほど、麗しい若侍に見えた。


 そんな彼女の横に、楚々と立つ長い黒髪の娘。


 菊と梅。


 よい名前をもらってるなと、その二人の姿を見て本当に景子は思ったのだ。


 そんな彼女らと。


 とりあえずエプロンは外したものの、ピンクのセーターにジーンズという出で立ちの自分が並ぶのは、とても恥ずかしいものに思えた。


 アディマに最初から連れ添っていた女性が現れ、彼らを夕食の場所へと案内してくれる。


 彼女は、あまり彼女らによい態度は見せなかった。


 おそらく、アディマに命令されて来たに過ぎないのだろう。


 先触れのように、一度食事の説明をしにきた時も、そんな雰囲気だった。


 食事のことを伝えるだけだというのに、この女性はゼスチャー一つせず、馬鹿のひとつ覚えのような言葉を、繰り返すだけだったのだから。


「食事に出るための、支度をしなさいと言っているんじゃないかしら」


 着物のままベッドに座り、呼吸を整えていた梅が、そう言ったおかげでようやく意味を理解できた。


 菊が、何かを口に入れるような動きを見せると、女は顔をしかめた後、ようやく頷いたのだ。


 ともあれ。


 無事、食事の席にたどりつく。


 扉が開かれた後。


「本日は、夕食にお招きいただき、本当にありがとうございます」


 梅の涼やかな声と共に、姉妹が深く頭を下げる。


 景子も、慌ててそれに倣った。


 たとえ言葉が通じなくとも、彼女らは感謝の言葉をきちんと伝えるのだ。


 広間の食事の場にいるのは、女主人、アディマ、そして梅を背負った男の3人だった。


 案内してきた女性も、そこで下がってしまう。


 彼女とダイは一緒に食事をしない──もしくは、出来ないのだろう。


 あ、いや。


 景子は、たらっと汗を流した。


 わ、私もちょっと場違いかも。


 走って逃げたくなる衝動をこらえるのが、とてもとても大変だった。



 ※



 女主人の好奇は、とにかく梅に向けられていた。


 彼女の着物が、よほど気になるのだろう。


 彼らの服とは、根本から構造の違う直線裁断の和服。


 振袖ほどの華美さはないものの、品よく美しく仕上げられている布と柄。


 日本人以外が見れば、確かにそれは不思議な衣服だろう。


 景子の好奇は──食事そのものに向けられていた。


 人というものの、行き着く先の結論は、結局似たようなものなのか、と。


 日本食とは似ても似つかないが、過去の世界の海外ならば、見ることが出来るのではないだろうかと思われる、食器や食事内容。


 それならば、ここは海外なのか。


 肯定するには、昨夜にみたあの黒い月と、見慣れぬ星座が邪魔をしていた。


 じゃあ、ここはどこなのか。


 多分、景子の知る世界のどこでもないのだと、だんだん理解してきていた。


 これまで、菊と梅の世話をして忙しかったために、ゆっくりそんなことを考える暇もなかった。


 しかし、どうにかして戻る方法も考えたい。


 そこまで考えたわけではなかったのだが、ひとつだけ景子は昨日の場所に目印を置いてきた。


 梅の買った、桜の苗だ。


 本当は、抱えていこうと思ったのだ。


 地面に転がるそれを。


 しかし、地面に触れた桜の苗は、いままでよりももっと輝いていて。


 ここに根付きたいと、そう景子に言っている気がしたのだ。


 桜がそういうのなら、と。


 彼女はそれを、草原の中に置いてきたのである。


 苗に力と運があるのならば、いつかまた会えるのではないかと思って。


「───」


 分からない言葉をBGMに、景子はぼんやりとこれまでのことや、これからどうしようかなどと考えていた。


「ケーコ……──」


 はっと。


 彼女は、思考を中断して顔を上げる。


 会話の中に、自分の名前が出てきたからだ。


 見ると、アディマが視線だけを景子に向け、しかし言葉は長く長く続いた。


 とても、彼女に向けて語られているものとは思いがたい。


 男が、困った顔をした。


 女主人は、一度驚いて景子を見た。


 一体──何の話をしてるの。



 ※



「ふふふ、景子さん……すっかりあの方に、気に入られてしまったみたいですね」


 部屋に戻った後、梅がおかしそうに話しかけてくる。


 とはいうものの、戻る途中から菊に少し身体を支えてもらっている状態だったが。


 三つ指詫び事件の後、ようやく名乗ることが出来、姉妹に名前で呼んでもらえるようになった。


 ベッドに腰かけさせられた梅は、菊によって帯を解かれている。


「気に入られて……ねぇ」


 確かに、その言葉が一番近いのかもしれない。


 懐かれている、とはまた違う。


 景子を、上でも下でもなく対等に扱ってくれている気がするのだ。


「これからのお話ですけど……」


 菊に着物を脱がされながら、梅は少し口調を神妙なものに変えた。


 ようやく、未来の話が出来る環境になったのだろう。


 景子も、ほんの少し前から考え始めようとしていた。


「私……この屋敷に、残りたいと思っています」


 梅の言葉に。


 菊と景子の、二人が止まった。


 残る?


 菊がどうかは知らないが、景子はその意味を把握できなかったからだ。


 残るということは、行く者もいるわけで。


 その相関が、頭に上手に並べられなかったのである。


「おそらく、あの方たちはまた旅立たれると思います」


 袖で、彼女は菊を促した。


 まだ着物は、脱がせかけだったのだ。


 菊はそれに、少し不満そうな顔をしたものの、作業の続きを始めた。


「ついて行きたい気持ちは山々なのですが、どれほど遠い旅なのか分かりません。私では、足手まといになります」


 彼女の言葉に、どうコメントしたらいいのか分からなかった。


 梅を知る菊のコメントを待ったが、口を開くことはなく。


 それに。


「梅さんが残るなら……私達も残ってもいいのでは?」


 彼女を、置いていく選択肢ばかりではないはずだ。


 大体。


 ついていく理由の方が、ないのだから。


 すると、梅と菊は一度顔を見合わせた。


 そして、二人で景子の方を見るのである。


「景子さんは……連れていく気みたいですよ」


 あの食堂のやり取りと気配から──梅は一体何を読み取ったのか。

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