告白
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きちんと妻として、アディマは彼女を娶りたいと考えていた。
その気持ちは、いまも変わらない。
だが。
この国は、イデアメリトスの魔法の力で、統べられている。
魔法を使って、という意味ではない。
魔法の力を持っているという、特別な血で、という意味だ。
太陽を仰ぐ人々の心をその血で絡め、重ねる形で信奉させている。
だからこそ、野望を持つ者がいたとしても、どんな貴族であろうと、イデアメリトスを倒してのし上がろうと思わないのだ。
相手は、魔法を使えるのだから。
だが。
もし、上に立つ者が魔法を使えなかったとしたら、どうだろう。
普通の人間と何ら変わらなければ、誰がそこに座ってもよいではないか──そう考える者も出てくるかもしれない。
あるいは、イデアメリトスの魔法の力を持つ親族による、乗っ取りが起こりうるかもしれない。
そうなれば、戦乱の火種となるのだ。
それだけは起こしてはならぬと、父は言う。
だからこそ、アディマに必ず魔法の力を持つ子を何人か成せ、と。
その子らがいれば、後は国が乱れない程度に、好きな女をはべらせればいいとまで言い放ったのだ。
アディマには、時間がある。
髪を伸ばし続ける限り、長い長い時間を持つことが出来る。
だが──ケイコは違う。
彼女は、いま30を越えているという。
可愛らしく見える彼女だが、アディマの時間からすると、またたく間に年を重ねていくだろう。
老いても、彼の側にいればいい。
にこにこ笑いながら、そこにいてくれればいい。
しかし、彼女を思えばこそ、不義理もしたくなかった。
他の妻を娶りながら彼女を愛すのは、ひどい仕打ちに思えたのだ。
だからこそ。
アディマは、ロジューの提案した言葉を掴んだのだ。
イデアメリトス家の最大の譲歩に、賭けるしかなかった。
ケイコには、それを蹴る権利がある。
アディマの不甲斐なさに、怒る権利がある。
「あのね……アディマ」
そんな彼に向けて、ケイコが言葉の糸を織る。
どんな布地が織り上がるのか、彼はただ黙って待たなければならなかった。
※
「私……イデアメリトスでなくても……アディマのことが好きよ」
とぎれとぎれの、ケイコの言葉。
素直で素朴な声が、アディマへの思いを綴ってくれる。
ああ。
その声を、彼は心に刻む。
ひとつひとつが、ケイコの心で出来ている音だ。
彼女は、最初からイデアメリトスを必要としていない。
名誉も富も、何ひとつケイコは欲しがっていなかった。
ただ、そこに植物があって、それと戯れていられれば幸せな女性なのだ。
「ええと……でもね……」
否定の言葉がつながるのを、アディマは目を伏せないように耐えながら待つ。
「私……イデアメリトスのお妃様とかには、向いてないと思うの」
まつ毛が、震える。
胸に渦巻く苦しさに、目を閉じたがっているのだ。
だが、踏みとどまる。
しっかりと、踏みとどまる。
彼は、イデアメリトスの唯一の世継ぎだ。
たとえ心が砕けようと、立ち続けなければならない。
「お妃様には……なれないと思うんだけど……」
逡巡する、唇。
その。
唇が。
「えと……アディマの子供なら……産みたいな」
不思議な音を、織り上げた。
はっと、彼女の顔を見つめる。
「あっ、いや……産まれる子供が、魔法の力があるとかないとか……そんなことは……どうだっていいの」
視線にびくっとしながら、ケイコは声を跳ねさせて言い訳めいた言葉を吐く。
彼女から目を離せないまま、アディマは奥歯で彼女の音を噛みしめた。
それは。
ケイコが、純粋に彼の子を産みたいと──そう言っているようにしか、聞こえなかったのだ。
イデアメリトスの、ひどい条件など、何一つ関係なく。
ああ、ああ。
ただ、彼のことを愛していると。
こんなに痛いほど深い『ただ』に、これまで一度も出会ったことがなかった。




