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三つ指

「ケーコ……」


 そっと、何かの触れる感じ。


 呼びかけられる声。


 深い眠りの中から、景子はゆらゆらと戻ってくる。


 それくらい、ゆるやかな呼び声だったのだ。


「ケーコ……───」


 そして、名前の後に続けられる、謎の言葉の群れ。


 景子を目覚めさせようとする、先導の小魚の群れだ。


「んー……」


 小魚の群れが、水面の光に届いた時、彼女の目も光を取り戻した。


 覗き込んでくる、ブランデーがかった金色の目。


 あー。


 まだ少しだけ寝ぼけた頭で、景子は笑った。


 アディマだ。


 こんな世界で、いまのところアディマだけが景子の名前を呼んでくれる。


 梅と菊にさえ、まだ彼女は名乗っていないのだから。


 ダイにも名乗りはしたが、彼はあまりしゃべる方ではないようで。


「えへへ……おはよう」


 朝でないのは分かっているのだが、ついつい起き抜けの癖で、そう語りかける。


「ケーコ……───」


 相変わらず、意味は分からない。


 でも、なんとなく心配してくれている気がした。


 こんなところで、泥のように眠っていたからだろう。


 そして。


 言葉よりも雄弁に、アディマは行動した。


 手を差し伸べてくれたのだ。


 あの時も、そうだった。


 そしてまた、景子が立つのを助けようとしてくれるのである。


 そんな優しさが、とても嬉しかった。


 周囲の人間や、女主人の態度からすると、きっと高貴な家の生まれだろうに、本人はさしてそんなことを気にとめている様子はない。


 好奇心かもしれないが、景子にかまってくれるのだ。


「ありがとう」


 手を握ると、アディマの手がとても温かいのが分かる。


 逆に言えば。


 自分の手が、とても冷たいことを自覚する。


 次の瞬間。


「……っくっしゅん!」


 景子は、盛大なくしゃみをかましてしまっのだた。


 ちゃんと、顔はそむけていたが──アディマにじっと見つめられて、恥ずかしくなった。



 ※



 景子は、姉妹の眠る部屋へアディマと一緒に戻ってきた。


 しかし。


 扉を開けると、そこには不思議な光景が待っていたのだ。


 綺麗に着物を着つけた梅と、半裸の身体に毛布をマントのようにまきつけた菊が。


 三つ指ついて、景子をお出迎えしたのだから。


「うわっ、梅さん菊さん、何してるんですか!」


 梅は、まだ身体の具合が思わしくないようだし、菊はあんな格好だ。


 顔なんか、昨日の血でまだ少し汚れている。


 アディマも、二人の不思議な姿を、目を見開いて見つめていた。


「一言、御礼を」


 菊が、重々しく口を開く。


「見ず知らずの私ども姉妹の面倒を見ていただき、本当にありがとうございました」


 梅が、少し顔色のよくなった肌で、穏やかに微笑む。


「おかげでまた、今日も生きながらえることが出来ました」


 二人。


 深々と頭を下げる。


「ちょ、ちょっと待って! そ、そんなのいいから、そんなとこに座ってないで!」


 あわあわと、景子は二人を立ち上がらせようとした。


 正座をして、手までついて頭を下げる。


 日本人としては、最高の御礼の形だろう。


 しかし、大げさすぎる。


 景子はただ、年下の女の子たちの面倒を見ることに、走り回っていただけなのだ。


 いわば、勝手に姉のように、お節介を焼いていただけ。


 こんなにも、感謝されるいわれはなかった。


 親のしつけが、よほどしっかりしている家なのだろう。


 二人とも、無茶苦茶マイペースではあるが。


「あなたたちがいて、私の方がもっと助かってるんだから、そんなことはやめてーー」


 そう。


 こんな世界に、景子一人放り込まれたのなら、ずっとずっとパニックに陥っていただろう。


 昨夜だってうまく切り抜けることが出来ずに、今頃のたれ死んでいたかもしれないのだ。


 言葉の通じる相手が、自分以外にあと二人いる。


 こんなに、心強いことはなかった。


「だから、早く立ってー」


 二人の腕を持って、何とか引っ張り上げようとしている景子は。


 よほど、それが滑稽に映ったのか。


 アディマに、声を出して笑われてしまった。



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