餌
☆
目が、痛い。
喉も、口の中も痛い。
身体中が、痛い。
その痛みで──景子は目を覚ました。
覚ましたはずなのに、周囲はとても暗かった。
真夜中なのだろうか。
まばたきをしようとしたが、目が痛くて開けていられない。
メガネを探したかったのに、身体をわずかに動かすだけで、激痛が走った。
「気づいたか?」
ロジューの声が、上から降ってくる。
目を開ける。
あれ。
光が、何も見えなかった。
痛い目をこらしても、何も見えない。
魔法の身体であったとしても、ほんの少しは光がそこにあったというのに。
「……!」
声を出そうとして、喉が焼けつくように痛んだ。
「いい……まだしゃべれないのだ、お前は。目も見えないが、どっちもそのうち良くなる」
ロジューのため息混じりの声に、ようやく少しずつ思い出してきた。
目を焼かれたのだ、と。
だから、何も見えないのだ。
彼女は、何故そんなことをしたか。
それは。
それは、景子が──自分でも、分からないことをしようとしたから。
「私がここに来た時……お前は、寝こけていたな。おそらく、眠らされていたのだ」
眠らせる魔法ならば、姿を表さなくても出来る。
扉の隙間から、魔法を忍び込ませればいいのだと、ロジューは言う。
記憶を消す魔法がないため、犯人は景子に姿を見られるのを恐れたのだろう。
「その後で部屋に入り、お前を操る魔法をかけた」
ああ。
よみがえってゆく記憶。
ロジューの部屋に入った景子は、水差しから目を離せなかった。
自分の中に違う誰かがいて、その水をどうしても飲まなければならないという呪縛に捕らわれていたのである。
景子は、この麗しきロジューを──殺そうとしたのだ。
目が。
焼けるように、目が痛いというのに。
涙があふれ出して止まらなかった。
※
「治りが遅くなる……泣くな」
目元を、乱暴に拭われた。
そんなことを言われても、景子の涙が止まるわけではない。
ダイが来てくれなかったら、彼女はロジューを殺していたかもしれないのだ。
彼が来たからこそ、景子の違和感は最大になった。
自分でも、明らかに自分の行動がおかしいことに気づいたのだ。
そして、ロジューも気づいた。
ダイを動かせる人など、アディマ以外にいるはずがない。
どういう経緯か分からないが、彼が異変に気付いて、ロジューを救おうとしたのだろう。
こんな魔法が使える相手が、敵にいる。
彼女など、その魔法の前では何と無防備なのか。
これでは、ロジューも殺せるし、アディマを殺す手先にだってなれるのだ。
「いいか? お前が操られたのは、たまたま私の従者だったからだ。他の者が従者であっても同じことが起きた」
景子の額を枕に押し付けるように、ロジューの手が触れてきた。
気に病むなと言ってくれているのだろうが、病まないことなど無理な話である。
未然に防げたからよかったものの、そうでなければどんなに後悔しても足りない結果になっていたのだから。
「安心しろ……お前のその病んだ身体は、しっかり利用させてもらう」
愚甥は、反対したがな。
ロジューの手が、ぺしぺしと景子の額を叩いた。
「お前は、『犯人のことを覚えている』、唯一の目撃者だ」
何を。
何を、彼女は言っているのか。
景子は、完全に眠っていて、その間に起きたことなど何一つ覚えていない。
「お前は犯人を覚えている。ただ、いまはしゃべることが出来ない……その噂が必要なのだ」
意味は、よく分からない。
ただ、その設定にしておく方が、ロジューにとって都合がいい──そんな響きに聞こえた。
「要するに……お前は、エサだ。何かしゃべられては困ると思った敵は、お前の声が戻るまで……この数日中に、確実に殺しにくるだろう」
ああ。
分かった。
ロジューは、こう言っているのだ。
景子を、囮に使う、と。




