私
☆
「何を寝こけている!」
バァン!
部屋が蹴り開けられた音と、その後の大声で、景子は飛び起きた。
あれ?
いつの間にか、眠ってしまったようだ。
さっきの軍令府の尋問で、疲れてしまったのだろうか。
「私の従者のくせに、主人を放っておいて寝ているとは、いい度胸だな」
そんな彼女の背後には、数人の兵士がついている。
おそらく、ロジューの警護の人間だろう。
「す、す、すみません」
慌てて部屋を出る。
そして、一緒に彼女の部屋へと向かった。
「警護は、もういい……下がれ」
ドアを開け放ちながら、彼女は後方の兵士へと語りかける。
その背に、怒りはない。
部屋は、安全なようだ。
すたすたと入っていく彼女に、景子はほっと胸をなでおろした。
それじゃあ、と。
景子は兵士さんたちに会釈をしつつ、扉を閉める。
あれ?
部屋の中を見回した景子は、何か違和感を感じた。
何だろう。
彼女は、テーブルの上の水差しを見ていた。
水は光らないし、水差しも光らない。
でも、何故か自分の目が、そこに吸い付いて離れないのだ。
「何だ? 喉が渇いたのか? ああ、そうだな……私も喉が渇いた。式典は太陽の真下でやるせいで、喉がひどい有様だ」
景子の視線に気づいて、ロジューは水差しに歩み寄る。
彼女に命じることもなく、さっさと杯に水を注ぐ。
「どうした?」
杯を傾けかけた、ロジューを見つめる。
何だろう。
何か、もやもやする。
「毒見……しましょうか? それ……」
自分の唇が──鉛のように重くなったのに気づいた。
※
「ああそうか……命を狙われているんだったな、私は」
自分の行動の浅はかさに気づいたらしく、ロジューは苦笑気味に笑った。
ついさっきまで、兵士を引き連れて歩いていたというのに、なかなか自覚が持てないようだ。
しかし、景子はそれどころではなかった。
何か、おかしい。
猛烈な違和感が、自分を包むというのに、それをうまく思考にすることが出来ない。
一歩、ロジューへと歩み寄る。
「まあ、大丈夫だろうが、お言葉に甘えるか……先に飲んでいいぞ」
意地悪な笑みを向けながらも、彼女は水を注いだ杯の匂いを嗅いだ後、彼女へと差し出す。
毒など入っていないと、その瞳は確信しているようだった。
景子が、重たい自分の腕で、その杯を受け取った次の瞬間。
ゴンゴンゴン!
物凄い音で、ノッカーが打ち鳴らされた。
「誰だ!」
その乱暴な音に、ロジューは厳しい声を返す。
「ダイエルファンです……失礼致します」
扉が──開いた。
ダイ、だ。
あのダイが、来たのだ。
景子は、共に旅をした男を振り返りたかった。
なのに。
なのに、自分の身体がうまく動かない。
「愚甥の護衛か……こんな不躾な真似をするとは、どういうことだ!」
ロジューの怒鳴り声に、しかし、ダイの気配は動かない。
部屋の内側に入り、ただ立っているのが、振り返らなくても分かる。
「ここで沙汰を待てと……何ひとつ、動かすなと申し付かりました」
確固たる意思の声に、ロジューが目を吊り上げようとした直後。
その目が、はっと景子に向いた。
あれ。
何で、私。
水を飲もうとしてるんだろう。
ああ、そうか。
この部屋の、何かがおかしかったんじゃない。
私自身が──おかしかったんだ。
※
杯は、弾き飛ばされた。
ロジューによって。
身体が、突然動かなくなった。
ダイの強い力によって。
あれ? なに?
景子の視線の先のロジューが、怒りに震えていた。
その怒りを、一切隠さずに彼女の目の前までやってくるのだ。
長い指が、ぐいっと顎を持ち上げて景子の目を覗き込む。
「随分……回りくどい手に出てきたな。知恵が回るではないか」
髪を──引き抜く。
褐色の手が、金色に燃え上がる。
びくぅっと、景子の身体は震えた。
その火が、こわくてこわくてしょうがない。
暴れて逃げようとするが、ダイの腕は決して彼女を離しはしない。
「忘れさせる魔法はないがな……」
燃え上がる手を、ロジューは景子の目へと近づけてきた。
それだけで、焼けるように熱かった。
メガネが、跳ね飛ばされる。
ストラップのおかげで、床まで落ちることはなかったが、そんなことに景子も構ってはいられなかった。
「人を操る魔法は……あるんだよ!」
ジュウッ!
ああああああああああ!!!!!
痛い、痛い、痛い!!!
網膜の奥まで、焼き尽くされる痛みでいっぱいになる。
だが、それだけでは済まなかった。
痛みに奇妙な声しかあげられない景子の口に、何かが突っ込まれたのだ。
「水に毒など入っていない……そうだろう?」
暴れる景子の口に、なまあたたかく容赦ない大きな物。
それが、遠慮なく口の中を探るのだ。
勝手に動きまわる、乱暴な指の感触だった。
その手を、彼女が目の痛みの反射で噛んでしまったとしても、まったく引く様子はない。
「口の中に、毒の石を仕込んだのだろう? ああ、本当に頭がいいな」
景子の口内から、粘膜ごと何かが引き剥がされた。
なに? なにがおきているの?
このアディマの叔母に──私は、何をしようとしたの!?




