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「何を寝こけている!」


 バァン!


 部屋が蹴り開けられた音と、その後の大声で、景子は飛び起きた。


 あれ?


 いつの間にか、眠ってしまったようだ。


 さっきの軍令府の尋問で、疲れてしまったのだろうか。


「私の従者のくせに、主人を放っておいて寝ているとは、いい度胸だな」


 そんな彼女の背後には、数人の兵士がついている。


 おそらく、ロジューの警護の人間だろう。


「す、す、すみません」


 慌てて部屋を出る。


 そして、一緒に彼女の部屋へと向かった。


「警護は、もういい……下がれ」


 ドアを開け放ちながら、彼女は後方の兵士へと語りかける。


 その背に、怒りはない。


 部屋は、安全なようだ。


 すたすたと入っていく彼女に、景子はほっと胸をなでおろした。


 それじゃあ、と。


 景子は兵士さんたちに会釈をしつつ、扉を閉める。


 あれ?


 部屋の中を見回した景子は、何か違和感を感じた。


 何だろう。


 彼女は、テーブルの上の水差しを見ていた。


 水は光らないし、水差しも光らない。


 でも、何故か自分の目が、そこに吸い付いて離れないのだ。


「何だ? 喉が渇いたのか? ああ、そうだな……私も喉が渇いた。式典は太陽の真下でやるせいで、喉がひどい有様だ」


 景子の視線に気づいて、ロジューは水差しに歩み寄る。


 彼女に命じることもなく、さっさと杯に水を注ぐ。


「どうした?」


 杯を傾けかけた、ロジューを見つめる。


 何だろう。


 何か、もやもやする。


「毒見……しましょうか? それ……」


 自分の唇が──鉛のように重くなったのに気づいた。



 ※



「ああそうか……命を狙われているんだったな、私は」


 自分の行動の浅はかさに気づいたらしく、ロジューは苦笑気味に笑った。


 ついさっきまで、兵士を引き連れて歩いていたというのに、なかなか自覚が持てないようだ。


 しかし、景子はそれどころではなかった。


 何か、おかしい。


 猛烈な違和感が、自分を包むというのに、それをうまく思考にすることが出来ない。


 一歩、ロジューへと歩み寄る。


「まあ、大丈夫だろうが、お言葉に甘えるか……先に飲んでいいぞ」


 意地悪な笑みを向けながらも、彼女は水を注いだ杯の匂いを嗅いだ後、彼女へと差し出す。


 毒など入っていないと、その瞳は確信しているようだった。


 景子が、重たい自分の腕で、その杯を受け取った次の瞬間。


 ゴンゴンゴン!


 物凄い音で、ノッカーが打ち鳴らされた。


「誰だ!」


 その乱暴な音に、ロジューは厳しい声を返す。


「ダイエルファンです……失礼致します」


 扉が──開いた。


 ダイ、だ。


 あのダイが、来たのだ。


 景子は、共に旅をした男を振り返りたかった。


 なのに。


 なのに、自分の身体がうまく動かない。


「愚甥の護衛か……こんな不躾な真似をするとは、どういうことだ!」


 ロジューの怒鳴り声に、しかし、ダイの気配は動かない。


 部屋の内側に入り、ただ立っているのが、振り返らなくても分かる。


「ここで沙汰を待てと……何ひとつ、動かすなと申し付かりました」


 確固たる意思の声に、ロジューが目を吊り上げようとした直後。


 その目が、はっと景子に向いた。


 あれ。


 何で、私。


 水を飲もうとしてるんだろう。


 ああ、そうか。


 この部屋の、何かがおかしかったんじゃない。


 私自身が──おかしかったんだ。



 ※



 杯は、弾き飛ばされた。


 ロジューによって。


 身体が、突然動かなくなった。


 ダイの強い力によって。


 あれ? なに?


 景子の視線の先のロジューが、怒りに震えていた。


 その怒りを、一切隠さずに彼女の目の前までやってくるのだ。


 長い指が、ぐいっと顎を持ち上げて景子の目を覗き込む。


「随分……回りくどい手に出てきたな。知恵が回るではないか」


 髪を──引き抜く。


 褐色の手が、金色に燃え上がる。


 びくぅっと、景子の身体は震えた。


 その火が、こわくてこわくてしょうがない。


 暴れて逃げようとするが、ダイの腕は決して彼女を離しはしない。


「忘れさせる魔法はないがな……」


 燃え上がる手を、ロジューは景子の目へと近づけてきた。


 それだけで、焼けるように熱かった。


 メガネが、跳ね飛ばされる。


 ストラップのおかげで、床まで落ちることはなかったが、そんなことに景子も構ってはいられなかった。


「人を操る魔法は……あるんだよ!」


 ジュウッ!


 ああああああああああ!!!!!


 痛い、痛い、痛い!!!


 網膜の奥まで、焼き尽くされる痛みでいっぱいになる。


 だが、それだけでは済まなかった。


 痛みに奇妙な声しかあげられない景子の口に、何かが突っ込まれたのだ。


「水に毒など入っていない……そうだろう?」


 暴れる景子の口に、なまあたたかく容赦ない大きな物。


 それが、遠慮なく口の中を探るのだ。


 勝手に動きまわる、乱暴な指の感触だった。


 その手を、彼女が目の痛みの反射で噛んでしまったとしても、まったく引く様子はない。


「口の中に、毒の石を仕込んだのだろう? ああ、本当に頭がいいな」


 景子の口内から、粘膜ごと何かが引き剥がされた。


 なに? なにがおきているの?


 このアディマの叔母に──私は、何をしようとしたの!?

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