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孤軍奮闘

 明け方になって、ようやく町と呼べるところに到着したのだが、その頃にはもう景子の身体はヘトヘトだった。


 身体を使う仕事なので、体力には自信があったのだが、それでも精神的な疲れも一緒にどっと彼女に押し寄せていた。


 そのまま一行は、最初から決まっていたことのように道を進み、とある屋敷の前にたどりついたのだ。


 うわー、おっきー。


 いかにも、貴族のお屋敷と言った風体の門構え。


 その門の中から、さらに屋敷まで結構あるというから、本格的だ。


 テレビか漫画でしか見たことのないような、古めかしく、そして重厚な屋敷だ。


 その焦げ茶を中心とした外観のおかげで、景子の頭にはチョコレート菓子がよぎっていたのだが。


 おなか、すいたなあ。


 チョコレートの連想で、彼女はまた、とぼけたことを考えていた。


 屋敷から、使用人を山ほど従え、女主人らしき女性がすっ飛んでくる。


「───」


 女性は深々とアディマに腰をかがめた後、早口で梅をおぶっている男に言葉を投げ始める。


 それに、男は静かに応対をしていた。


 女主人の目が、そこでようやく景子に気づいたように視線を投げる。


 ひっ。


 その目にあったのは、驚きと──好奇。


 ぶっちゃけて言えば、珍獣を見るような目に近かった。


 あうあう。


 景子は、恥ずかしくなって、自分のエプロンを引っ張ったりした。


 そう。


 花屋のエプロンまで、したままだったのだ。


 どう考えても、景子の姿は浮いている。


 しかし、アディマの前で女主人は、自分の好奇を優先させたりはしないようだった。


 てきぱきと使用人に指示を出すと、彼らを屋敷へと案内し始めたのである。


 屋根のある家に入ると、自分がとてもとてもほっとしたことに気づいた。


 このまま、床でもいいから眠ってしまいたいほどだ。


 しかし、くったりとした梅と、ぐっすりと眠る菊が目に入る。


 彼女たちを、何とかしなければ。


 景子は、まだ眠るわけにはいかなかった。



 ※



 梅をベッドに連れて行くまで、大変だった。


 アディマが離れた途端、女主人が男の背中の梅に張り付いて離れなかったからだ。


 どうやら、彼女の身につけている衣装が、気になって気になって仕方がないようで。


 袂や生地を確かめたり、帯をひっぱったり、背中から下ろして前の方から見ようとしたりするのを、はらはらしながら景子は見ていた。


 本当に、悪気がないのが困る。


 自分の好奇心を、満たしたくてしょうがないのだ。


 男も、女主人を無碍には出来ないようで、なかなか梅をベッドへ運べないでいる。


 言葉が通じないのが、とてもとてももどかしい。


 あわあわと、景子がしていると。


 菊を、先に置いてきた大男が戻ってくる。


 返り血まみれの菊の袴には、さすがの女主人も近づかなかったからだ。


 その大男が。


 一度、うるさそうに女主人を見た後。


「……──」


 ぼそりと何かをつぶやいて、梅を奪ってくれたのだ。


 ああっ。


 ぱぁぁっと、景子は顔を輝かせた。


 いい人だ。


 この大きな人は、いい人だっ。


 彼女は子犬のように跳ねながら、大男についていく。


 この一瞬だけは、疲れも忘れるほどだった。


 菊の隣のベッドへ梅を下ろし終えると、男はそのままズカズカと部屋を出て行こうとした。


「ま、待って待って」


 その身体を引きとめる。


 予想外だったのか、少し驚いた目で彼は振り返った。


 そして景子は、アディマにしたのと同じように、自分を名乗った。


 男は復唱こそしなかったが、それに頷いてくれる。


「……ダイエルファンティアムス」


 長い名前だったが、景子は何とかヒアリングできた。


 だが、それを何度も呼べるとは思えなくて。


「ダイ……さん?」


 と、日本人らしく敬称をつけたら。


 もう一度、名前を繰り返されてしまった。


 あ、いや、聞き取れなかったわけじゃなくて。


 でも、呼び捨てには出来ないし。


 えーと、えーと。


 景子の苦労は、まだまだ続くのだった。



 ※



 梅の着物を脱がせてたたんで、ゆっくりと寝かしつけて。


 次は、菊の返り血の固まった袴を、着替えさせなければならなかった。


 しかし、彼女の腰にはまだ刀が差してある。


 おそるおそる。


 景子が、それに触れると。


 一瞬にして、菊の目が開いた。


 その手は、しっかりと刀を押さえている。


 それに、景子はびくっとした。


 さっきまで、眠りの大底にいたように見えたのに。


「あ、えっと……着替えないと」


 景子は、慌てて言い訳めいたことを口にした。


 言い訳でも何でもないのだが、悪いことをした気になったのだ。


「くっ……」


 菊は。


 横たわったまま微かに呻いて、刀を鞘ごと腰から引き抜いた。


 そして、自分の頭の上に置く。


 直後。


 すぅっ。


 再び、彼女は大底まで戻ってしまったのだ。


 あ、脱ぐのは協力してくれないんだ。


 あははと、景子は苦笑した。


 我が道をゆくお嬢さんだわ、と思いながら。


 とりあえず着物と袴、それに足袋もへっぱがし、半裸の状態で毛布にくるんでおく。


 着替えがないのだから、しょうがない。


 次は、と。


 景子は血で汚れた着物を見た。


 これを、洗わなくちゃ。


 血の汚れは水洗い、っと。


 それを抱えて、景子は部屋を出た。


 梅が目を覚ますのは、このもう少し後の出来事。


 景子が、言葉の通じない苦労の末に洗濯を終え、着物を干して戻ってきた時のこと。


 お昼前くらい。


 やっと、やらなければならない仕事が終わって。


 うー……目がしぱしぱ……す……る。


 景子は、空き部屋の隅っこで、うつらうつらし始めた。

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