事情聴取
☆
ノッカーが鳴った。
景子は、びくっとどきっを両方味わうこととなる。
もしかして、と。
既に、ロジューは式典の準備を整えて出て行ってしまった。
景子は同席できるはずもないので、しょうがなく自室にこもっているしかできないのだ。
勝手に宮殿をうろつくワケにもいかないし、昨日の今日なのでおとなしくしておこうと、ちゃんと自重したのである。
アディマ?
9分9厘、ありえないことだ。
だが、のこり1厘に賭けてみたくなる。
何しろアディマは──魔法が使えるのだから。
「失礼する」
しかし。
その男の声は、神経質な響きを持っていた。
誰でもなかった。
知らない人だ。
「はい……」
ソファから立ち上がりながら、景子は怪訝を隠せないまま立ち上がった。
そして、緊張もしていたのだ。
ロジューが、あんな目にあったばかりなのだから。
「軍令府の者だ。ソレイクル16殿下の件について、話を聞かせてもらおう」
う、うわぁ。
景子は、思い切り身体が逃げる自分を止められない。
神経質な声、という印象は、間違いなかった。
日本のおまわりさんだって、いきなりこんな鋭い声を景子に向けたりしないだろう。
は、は、犯人だと思われてる?
と、景子が被害妄想に駆られずにいられないほどの怖さだ。
日に焼けているだけ、農林府の上司よりマシには見えたが、その痩せた身体と鋭い眼光に、彼女は委縮していく。
ソレイクル16殿下──景子の記憶が正しいのならば、ロジューのこと。
彼女の事件に、軍令府が関わり始めたのか。
アディマは、本気でイデアメリトスの身内を捕まえる気なのだ。
「ど、どうぞ……」
それならば、多少怖くても、景子はこの男に協力せざるを得ない。
祭の成功と、ロジューの身の安全のために。
だが。
じーっと睨まれ続けるだけで、景子の寿命は一秒ごとに縮んでいくように感じたのだった。
※
「この西翼に、来ている者の名に目を通したが……」
冷ややかで厳しい声が、流れ始める。
景子はソファに向かい合って座ったまま、緊張でカチコチになっていた。
「ソレイクル16殿下の連れて来た貴方だけが、素性がまったくはっきりしていない」
あれ……。
景子は、言葉に嫌な汗が流れ始めた。
協力しようとして部屋に入れたはいいが、この質問の方向性は危険なのではないかと気づいたのだ。
「名も、いかにも異国の者としか思えない……一体、貴方はどこの国から来た何者なのだ」
『貴方』という言葉が、既に『お前』にしか聞こえなかった。
それほど、彼の声には疑いをはらんでいたのだ。
そりゃあ、私のところに来るわな。
名前も素性も怪しい。
そして、被害者であるロジューの側にいるのだ。
景子が直接犯人じゃないにせよ、手引きをしたと思われてもおかしくない状況だった。
その上。
この男に、『日本です』と答えたら、更に突っ込んで根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。
どう、しよう。
状況は分かったものの、どこからどう答えていいか分からない。
その上、景子の事情を知る者も、味方も同じ空間にはいないのだ。
「ええと……私は、農林府の仕事をしています……」
とりあえず、思いついた言葉を挙げてみる。
この国の役所で働いている──それが、どれほどの威力を持つかは分からないが。
「農林府で?」
疑いを、まったく隠さない瞳だ。
「はい、リサー……ええと、ブエルタリアメリー卿の紹介で……」
長い名前に、舌が絡まりそうになりながらも、何とかそれを告げた。
「ふむ……それで、国は?」
ああ。
生まれの国について、忘れてくれる気はないようだ。
「ええと……ブエルタリアメリー卿のご子息に、聞いていただけますか?」
景子は。
ついつい、その問題をリサーに丸投げしたのだった。




