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アディマの憂鬱

「どう……なさいました?」


 そこで、アディマははっと我に返った。


 気づけば、テーブルの杯を倒していて、水がこぼれていたのだ。


「いや……」


 側仕えが寄ってきて、水を片づけてゆく。


 それを見るともなしに見ながら、アディマは苦笑を禁じ得なかった。


 違う。


 苦笑にしていなければ、ひどい笑みになってしまいそうだったのだ。


 景子が。


 あの彼女が、アディマに愛の言葉を囁いたのだから。


 それに心をひどく乱してしまい、分身をかき消してしまった。


 心配していないといいが。


 魔法の身体の説明をしていなかったので、突然消えた彼に、景子は驚いているだろう。


 だが。


 どこか、彼女は理解しているように感じていた。


 全てを理解していた上で、景子はアディマを抱き、そして愛を語ったのだ。


 ああ。


 いますぐに、この身で彼女の側に飛んで行きたかった。


 そして、この目で、この耳で、この唇で、景子の愛を浴びたいと願う。


 だが、焦ってはならない。


 この王宮に、彼女を何の問題もなく迎え入れる準備は、何も整っていないのだ。


 そのための布石として、アディマの妃候補に叔母を挙げたのだ。


 そう。


 仕掛けていたのは、アディマ自身。


 叔母なら、彼の意図していることをすぐにくみ取るはずだ、と。


 第一候補が叔母であるならば、他の候補が勝手に行動を起こせないのだ。


 何しろ彼女は、髪を伸ばせるイデアメリトスなのだから。


 そして、他の誰よりも血も近い。


 そんな彼女を差し置いて、誰が婚姻の策謀を出来ようか。


 だが。


 その出来ない横車を押してくる誰かが、この宮殿にいる。


 よりにもよって、叔母の命を狙おうとしたのだ。


 しかも、イデアメリトスの祭が始まろうとしているこの時に。


 何としてでも──陰謀の主を、捕えなければならなかった。



 ※



 大きな祝打が、夜明けとともに打ち鳴らされた。


 木でつくられた太鼓は、町中の空気を震わせて、祭の始まりを告げる。


 アディマは、眠れぬ夜を過ごした。


 昨夜の彼は、眠ることが許されなかったのだ。


 夜を照らす太陽の代わりを、果たさなければならなかったのである。


 町の人間が、昨夜から前夜祭と称して、夜の町で歌い踊るからだ。


 夜も太陽が照らすイデアメリトスの祭として、これから長である父親と、交互に夜を徹するのである。


 だが、眠れなくてよかったこともある。


 叔母の事件について、手を尽くすことが出来るからだ。


「大丈夫ですか?」


 式典用の儀礼服に身を包んだリサーが、彼の前に現れた。


 既に、彼の耳には入れてある。


 側にはいないが、ダイも影に控えているはずだ。


 正式な書類上、この二人がアディマの旅の同行者として記載され、国の歴史として残される。


 文ではリサーに、武ではダイに。


 これから一生、アディマは助けてもらうつもりだった。


 そう。


 彼らは、11人の賢者のうちの2人となるのだ。


 アディマの寿命さえも決める、人間の内の2人に。


 イデアメリトスの長としての在位は、本人の命が尽きるか、任命した賢者11人が全て死した時。


 賢者が死した場合、補充はない。


 その賢者の仕事に近い府が、代行することになる。


 賢者が全て死してなお、世継ぎが成人していない時のみ、在位を続けるのだ。


 そのため、どの長も若い賢者を登用することが多い。


 リサーとダイの登用については、旅の同行者という誉れもあるため、おそらく誰も拒むことはできないだろう。


 たとえ、それが農民出身のダイであったとしても、だ。


「何か……分かったか?」


 アディマは、意識を切り替えた。


 賢者について考えるのは、まだ先でいい。


 それよりも、彼がやらなければならないのは、叔母を狙うものを探すことである。


「それが……怪しい者の情報は……特には……」


 ふぅ。


 宮殿の内部は、お互いにいろいろつながりがあり、知人の不利になることを言わない者もいるだろう。


 やはり──外部の者を入れなければならないか。


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