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真夜中の訪問者

 眠れるはずなどなかった。


 隣室に、景子用の部屋を用意してもらって、そこでようやく眠れるはずだったのだが、いろんなことが起きすぎて、とてものんびり眠っていれられる状態ではなかったのだ。


 あうう。


 唸るように、景子はベッドの上で寝返りをうつばかりだった。


 そんな彼女の部屋のノッカーが──微かに鳴る。


 コツコツと、ほんのわずかに扉に当てられるだけ。


 びくっとして、彼女はベッドで目を開く。


 気づいたら、ぎゅっと枕を抱きかかえていた。


 カチャリ。


 微かに、扉が開く。


 ひいいいいいいい。


 枕を押しつぶさんばかりに、景子は強く抱きしめる。


 声も出なければ、身体も動かない。


 その微かに開いた隙間から。


「ケイコ……」


 呼びかける、微かな声。


 ぱぁんっと、彼女の恐怖が弾けた。


「アディマ!?」


 驚いてあげた声を、慌てて自分でふさぐ。


 彼が、堂々とこの部屋に、来られるわけなどないではないか。


 するりと、中に入る身体は──イデアメリトスの光をまとっていなかった。


 扉を閉めてしまうと、部屋の中は真っ暗になるので、なおさらそれが際立って感じるのだ。


 え?


 違和感のあるその様子に、慌てて彼女は枕もとのメガネを取る。


 しかし、元々光はメガネが見せていたものではない。


 かけたところで、光が増えるはずなどなかった。


「ああ……ちょっと抜け出してきたからね……ケイコにはちょっと奇妙に見えるかもしれないけど、これも僕だよ」


 彼女を不安にさせないように、扉のところで足を止めたまま、アディマは静かに声をかける。


 そっか。


 長とカナルディと、これでアディマの三人目。


 イデアメリトスの、きっと魔法のひとつなのだろう。


「西翼で騒ぎがあったって聞いて……心配になってね」


 アディマだ。


 彼が主役の祭なのだから、忙しいに違いないというのに。


 怖かったことから解放されて、安堵して、アディマがきてくれて嬉しくて。


「えへ……」


 笑おうとしたのに──涙が出てしまった。



 ※



「ケイコ……大丈夫か?」


 空気に混じる湿気を感じられてしまったのか、はたまたアディマは暗い中でも目が見えるのか。


 彼は、心配したように駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫……アディマに会ったら、ほっとしちゃって……大丈夫」


 慌てて、自分の目を拭おうとした。


「ケイコ……何か怖い思いをさせたんだな……すまない」


 その指先が、彼女に触れた時。


 分かった。


 ああ、この身体はただの入れ物なのだと。


 魔法で作られた、身体なのだろうか。


 ということは、さっきのカナルディも、その前の長も。


 だから、イデアメリトスの光を感じなかったのか。


 けれども。


 アディマの優しさは伝わってくる。


 ベッドの上に、彼が乗り上げるようにして抱きしめてくれることさえ、恥ずかしいものには感じなかった。


 心だけをこうして、景子のために飛ばしてきてくれたのだ。


 そこに、本当は生身がないのだと分かると、何故か彼女もその身体を抱き返せた。


「大丈夫……本当に怖かったのは、私じゃないから……叔母様を守ってあげて」


 危険なのは、ロジューだ。


 景子は、傍であわあわしていただけ。


「話は父から聞いたよ……叔母上様のことなら、心配はいらない……カンの鋭い方だし、身を守る魔法も使える」


 景子を抱きしめる腕が、少し強まった。


「だけど……叔母上様が狙われた理由が本当なら……ケイコが狙われていてもおかしくなかったんだ」


 もっともっと、腕に力がこめられる。


「僕は、景子のことを、父上と叔母上様にしか言わなかった……もし、最初に僕が考えていたように、皆に伝えていたら……」


 景子を失ってしまうかもしれない──それを、アディマは恐れたのだ。


 ああ。


 この腕の力と比例するほどに、思いの強さが伝わってくる。


 景子の胸を締め付け、呼吸すら苦しくするほど。


 明日のことなど、分からない。


 離れてしまったら、次の再会など誰にも保証されない。


 それが、この世界で骨身にしみて知ったこと。


 だから。


 だから──言いたいことは、言える内に伝えておかなければならないのだ。


「ありがとうアディマ……あなたのことが……大好きよ」


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