真夜中の訪問者
☆
眠れるはずなどなかった。
隣室に、景子用の部屋を用意してもらって、そこでようやく眠れるはずだったのだが、いろんなことが起きすぎて、とてものんびり眠っていれられる状態ではなかったのだ。
あうう。
唸るように、景子はベッドの上で寝返りをうつばかりだった。
そんな彼女の部屋のノッカーが──微かに鳴る。
コツコツと、ほんのわずかに扉に当てられるだけ。
びくっとして、彼女はベッドで目を開く。
気づいたら、ぎゅっと枕を抱きかかえていた。
カチャリ。
微かに、扉が開く。
ひいいいいいいい。
枕を押しつぶさんばかりに、景子は強く抱きしめる。
声も出なければ、身体も動かない。
その微かに開いた隙間から。
「ケイコ……」
呼びかける、微かな声。
ぱぁんっと、彼女の恐怖が弾けた。
「アディマ!?」
驚いてあげた声を、慌てて自分でふさぐ。
彼が、堂々とこの部屋に、来られるわけなどないではないか。
するりと、中に入る身体は──イデアメリトスの光をまとっていなかった。
扉を閉めてしまうと、部屋の中は真っ暗になるので、なおさらそれが際立って感じるのだ。
え?
違和感のあるその様子に、慌てて彼女は枕もとのメガネを取る。
しかし、元々光はメガネが見せていたものではない。
かけたところで、光が増えるはずなどなかった。
「ああ……ちょっと抜け出してきたからね……ケイコにはちょっと奇妙に見えるかもしれないけど、これも僕だよ」
彼女を不安にさせないように、扉のところで足を止めたまま、アディマは静かに声をかける。
そっか。
長とカナルディと、これでアディマの三人目。
イデアメリトスの、きっと魔法のひとつなのだろう。
「西翼で騒ぎがあったって聞いて……心配になってね」
アディマだ。
彼が主役の祭なのだから、忙しいに違いないというのに。
怖かったことから解放されて、安堵して、アディマがきてくれて嬉しくて。
「えへ……」
笑おうとしたのに──涙が出てしまった。
※
「ケイコ……大丈夫か?」
空気に混じる湿気を感じられてしまったのか、はたまたアディマは暗い中でも目が見えるのか。
彼は、心配したように駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫……アディマに会ったら、ほっとしちゃって……大丈夫」
慌てて、自分の目を拭おうとした。
「ケイコ……何か怖い思いをさせたんだな……すまない」
その指先が、彼女に触れた時。
分かった。
ああ、この身体はただの入れ物なのだと。
魔法で作られた、身体なのだろうか。
ということは、さっきのカナルディも、その前の長も。
だから、イデアメリトスの光を感じなかったのか。
けれども。
アディマの優しさは伝わってくる。
ベッドの上に、彼が乗り上げるようにして抱きしめてくれることさえ、恥ずかしいものには感じなかった。
心だけをこうして、景子のために飛ばしてきてくれたのだ。
そこに、本当は生身がないのだと分かると、何故か彼女もその身体を抱き返せた。
「大丈夫……本当に怖かったのは、私じゃないから……叔母様を守ってあげて」
危険なのは、ロジューだ。
景子は、傍であわあわしていただけ。
「話は父から聞いたよ……叔母上様のことなら、心配はいらない……カンの鋭い方だし、身を守る魔法も使える」
景子を抱きしめる腕が、少し強まった。
「だけど……叔母上様が狙われた理由が本当なら……ケイコが狙われていてもおかしくなかったんだ」
もっともっと、腕に力がこめられる。
「僕は、景子のことを、父上と叔母上様にしか言わなかった……もし、最初に僕が考えていたように、皆に伝えていたら……」
景子を失ってしまうかもしれない──それを、アディマは恐れたのだ。
ああ。
この腕の力と比例するほどに、思いの強さが伝わってくる。
景子の胸を締め付け、呼吸すら苦しくするほど。
明日のことなど、分からない。
離れてしまったら、次の再会など誰にも保証されない。
それが、この世界で骨身にしみて知ったこと。
だから。
だから──言いたいことは、言える内に伝えておかなければならないのだ。
「ありがとうアディマ……あなたのことが……大好きよ」




