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お妃第一候補

 ノッカーが鳴った。


 景子は、どきっと飛び跳ねる。


 ここは、ロジューの部屋。


 彼女はさっきの話を、一応イデアメリトスの長の耳に入れると、出て行ってしまったのだ。


 なかなか帰ってこないので、景子は怖くなっていた。


 この部屋には、ロジューの命を狙う魔法が仕掛けられていたのだ。


 また、何かされないとも限らない。


 そこで、ブルブル震えながら一人でいるところに、ノッカーと来た。


 ロジューが帰ってきたのなら、いきなりドアをぶち開けるだろう。


 だが。


「叔母上様?」


 扉の向こう側の声は──小さい少女のものだった。


 ロジューを叔母と呼ぶのは、イデアメリトスの長の子だけ、ではないのだろうか。


 答えられずに扉を見つめたままでいると、キィっとおそるおそる扉が開いた。


「叔母上さ……」


 褐色の首が差し込まれ、中でキョロキョロっとする金褐色の目と、ソファの景子の目がバチィっと合う。


 お互い、ぎょっとした顔をしてしまった。


「だ、だ、だ、誰!?」


「あわわ……ええと」


 景子は、とっさに自分のここでの身分を思い出せなかった。


 使用人や、側仕えという言葉もあるにはあったのだが、自分がそうだとはどうしても自覚できなかったのである。


「ええと……農林府の者です」


 とっさに、景子はそう名乗っていた。


 この世界での、彼女の唯一の職業だ。


「は? 農林府?」


 少女は、まったく意味を理解出来ていない。


 だが、景子は少しは理解した。


 この子って──アディマの妹じゃ、と。


 長い長い髪は、おそらく背より長いだろう。


 昔のアディマがそうだったように、首に幾重にか巻きつけているのだ。


 成人前の髪型をしているということは、小さく見えてももうちょっと年は上なのだろう。


 この少女も、そのうち捧櫛の神殿に旅立つのだろうか。


「何をしておる」


 そんな小さい襟首を、後方から伸びた長い腕が掴み上げる。


「あいたたた……叔母上様、はーなーしーてー」


 この部屋の主──ロジューが戻って来たのだ。



 ※



「こんな夜更けに、何事だ……カナルディシーデンファラム」


 小さい訪問者に、ロジューは優しくはなかった。


 アディマに対してもそうだが、彼女は誰に対しても態度がそうだ。


 相手のサイズが小さくても、まったくもって手加減がない。


 ようやくつまみ上げた身体を床に戻しながらも、不機嫌な態度は崩さなかった。


「そうそう、叔母上様にすごい情報を持ってきたのよ、私!」


 カナルディと呼ばれた姪は、胸を張る。


 あれ?


 景子は、微かな違和感を覚えた。


 この子──ぴかぴか光ってない。


 同じことが、イデアメリトスの長の時もあった。


 おそらく、どうにかして自分を光らないようにすることが出来るのだろう。


 さすが、魔法一族。


 不思議だ。


「すごい情報?」


 甲高い声のカナルディを、とりあえずロジューは部屋に放り込むことにしたようだ。


 そして、扉を閉ざす。


 すごいイデアメリトスの情報を、人に聞かれる範囲で語られても困るからだろう。


 って、ちょっと待って。


 私も出なきゃ。


 景子が、ソファから下りて部屋から逃げるよりも。


 カナルディのおしゃべりな唇の方が、到底速かった。


「あのね、あのね……叔母上様! 叔母上様が、お兄様のお妃第一候補なんだって!」


 空気が。


 止まった気がした。


 部屋の中は、ずっとロジューの魔法で涼しい空気が動いているというのに、一瞬景子の周りだけ、音と涼しさが消えたのだ。


 じっとり。


 背中に、嫌な汗が伝う。


「ああ……何だ、そんな事か。さっき兄者から聞いた」


 あっさりとロジューは──姪の大ニュースを蹴っ飛ばしたのだった。



 ※



 叔母と甥って──結婚出来るんだ。


 だらだらと、景子はいやな汗をかき続けた。


 そういえば、彼女のいた世界でも、血族のどこまでが結婚対象であるかは、国によって違う。


 日本だって大昔の話だが、すごい身内結婚をしていた時代があるではないか。


 小うるさい姪のカナルディを部屋から放り出して、ロジューはソファへと戻って来る。


「どうにも、年の合う血の近い者が少ないようでな……私が子を作らなかったせいもあるが」


 よっと。


 向かいのソファに座りながら、彼女は視線をこちらに向けた。


 景子は、自分がこわばったままの顔で止まっていることに気づいていたが、だからといって戻せるものでもない。


 顔の筋肉が、言うことを聞かないのだ。


「髪を伸ばせぬ者は、イデアメリトスとは言え、老いるのが早いからな。いっそ、髪の長い未婚の私を嫁にして、血の濃い子供をぽろぽろ産ませようとでも思っているのだろう」


 そんな彼女を楽しむように、ロジューの言葉はだんだん意地悪さを帯びてくる。


「だが、それで分かったぞ」


 彼女は、その意地悪さをすぅっと引っ込めた。


「要するに……私が、あの甥の妃になるのは許せない……そう考えているイデアメリトスがいるってことだ」


 随分、やり方が荒っぽいがな。


 ということは。


 他の、お嫁さん候補が怪しいってこと?


 ロジューが第一ということは、他に第二、第三の候補がいるということである。


「第二候補が、7歳。第三候補が5歳……しかしまあ、あの甥のこれからの時間を考えれば、楽に待てるからな」


 昔の殿さまの政略結婚などでも、そんな年齢差は当たり前だったではないか、と自分に言い聞かせる。


 しかし、ロジューがアディマの嫁になることについて、承諾するとはとても思えなかった。


 イデアメリトスの男と結婚するのはまっぴらだと言って、ここまで独身できた女性である。


「とりあえず……」


 景子の思考をよそに、ロジューが話を続けた。


「とりあえず……第一妃候補は、辞退してこなかったがな」


 だが。


 彼女の答えは、景子の予想など遥か彼方にぶっとばしていた。

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