馬に引かれて宮殿参り
☆
「それが……手土産か?」
景子が荷馬車に積み込んだ皮袋を、ロジューは蹴っ飛ばした。
ガシャンと耳障りな音を立てる。
「ああっ、危ないです!」
景子は、慌ててその暴挙を止めた。
「硝子?」
ロジューの視線が、景子を見下ろす。
「割れた硝子です。工事のところで、事故で割れた分を、無理を言って職人さんにもらったんです」
硝子は、再生が効く。
だから、職人は割れた硝子を普通は持ち帰り、再び溶かして硝子にするはずだった。
それを、景子はお願いして集めていたのだ。
「割れた硝子も、お前にとってはお宝というワケか……出せ!」
いつもより、荷馬車には多めの荷物を積み、人の座れる範囲が狭くなっている。
祭に出るための衣装や、アディマへの贈り物などが積み込まれているようだ。
叔母としては、出るからには恥ずかしい真似は出来ないのだろう。
景子も、一時的に都へ返してもらえることになった。
温室の工事が、中断してしまったおかげだ。
一度、ちゃんと居候をさせてもらっている屋敷や、農林府に顔を出して、状況を説明しておきたかったので助かっていた。
そんな景子を乗せて進む、荷馬車の後方から見える景色は。
人で溢れていた。
こんなに大勢が、都を目指すところなど、想像できないほどに。
それほど、民は祭を楽しみにしているのだろう。
「私の祭が、30年前だったからな……みな、待ちわびていたのだろう」
荷馬車の後方に見える人々の明るい顔に、ロジューは目を細めた。
呼び出しは面倒くさがっていたが、人々の嬉しい顔を見るのは心地よいものなのか。
だが。
あれ?
景子は、一つひっかかった。
20歳になって、都に入って初めて旅が成功して祭りになるということは。
ロジューの年齢は。
20+30=??
「その目を私に向けるのをやめないと、そこから放り出すぞ」
声に、わずかな迫力がこもったことに気づき、景子はアワワと荷物の影に隠れようとしたのだった。
※
「あ、私はこの辺でいいです」
荷馬車は、夜の内に都へと入った。
祭が始まるということで、夜通し門は開かれたまま。
普段夜をいやがる町でさえも、煌煌と火をともして騒がしかった。
この明るさなら、リサーの叔父の屋敷まで歩きで帰れそうだと思えるほど。
「あん? 何を言っている。お前は私の身の回りの世話をするために来たのだろう?」
不機嫌な声が、しかし、とんでもないことを言い出す。
「え? え? そ、そんなの聞いてないですよ」
景子は、屋敷と農林府と──そんな理屈が、通る相手ではなかった。
「都へ連れて行くとは言ったが……誰が帰っていいと言った」
ああああ。
ロジュー節、炸裂だ。
『しょうがない、お前も荷馬車に積んでいくか』
これが、彼女の言葉だった。
景子は、てっきり都で放し飼いにしてくれると思っていたのだが、ロジューは、そのまま自分の側付きにしておく気だったのである。
が、硝子まで持ってきたのにぃ。
これでは、意味がなかった。
この硝子を細かく砕いて、砂地の畑に混ぜ、試験をするつもりだったのだ。
保水力が上がると、昔聞いたことがあったので。
それに、これまで試験して放置していた畑もある。
結果も見て来たかったのにー。
景子は。
どこまで行っても、植物馬鹿だった。
そんな、彼女の気持ちなど興味もないように、ロジューはくくくく、と笑う。
「どうして、そこで悲しむのだ。滅多に入れない、イデアメリトスの宮殿に入れるんだぞ? もっと、盛大に喜べ」
そんなものを、本人はちっともありがたがっていない癖に、景子には押しつけるのか。
彼女だって、そんな建物よりも畑の方が気になるのだ。
ん? 宮殿?
そこでふと、景子の意識が止まった。
宮殿と呼ばれるものの外側くらいは、都に住んでいた景子は見たことくらいはある。
これまでは、大きいなーくらいしか思っていなかったそこに。
いまは。
アディマが、いるのだ。
あう。
相変わらず、畑の方に後ろ髪を引きずられながらも、景子はほんのちょっとだけ宮殿へと心が傾きかけてしまった。




