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叔母と甥

「面白い娘だな」


 叔母の一言目が、それだった。


 アディマとロジューが二人きりになった、応接室でのこと。


 彼が、わざわざ叔母を呼びたてたのである。


 表向きは、まもなく出立するという挨拶のため。


 叔母の乱暴な魔法のおかげで、ダイは信じられない速さで回復をしている。


 本来ならば、もう少し休息を取らせたかったのだが、本人がどうしても出立したいと言い張るのだ。


 自分の失態で、旅が遅れるのが耐えられないのだろう。


「そうですか……」


 とりあえず、アディマはほっとした。


 気性の荒い叔母に、どうやらケイコは気に入られたようだ、と。


 彼女を預けたのは、一人でも多い味方を手に入れるためだった。


 味方になってくれ。


 そんな言葉で、心を動かすイデアメリトスはいない。


 ケイコを直接放り込んで、本人の意思で気に入ってもらわなければならなかった。


 だからこそ、アディマは叔母の暴挙を止めなかった。


 それどころか、一番最初にロジューを煽ったのは、彼自身なのだ。


「いま、うちでは温かい部屋なるものを作っているぞ」


 くくく。


 何かを思い出したらしく、叔母は心底楽しそうに笑う。


 珍しい物好きの彼女の、好奇心を満足させるものを、ケイコが出してきたようだ。


「僕が、都に帰ったら、祭りが始まります」


 彼女の存在を、ゆっくりと噛みしめながら、アディマは本題を口にした。


「お前が死ななければ、な」


 さっくりと、叔母は斬りつけてくる。


 前回の油断という傷口を、容赦なくえぐってくるのだ。


「死にませんよ……それで、祭りになったら……叔母上様も、都へいらっしゃいますよね?」


 叔母の一撃を、さらりと蹴り飛ばしながら、アディマはゆっくりと問いかけた。


 おそらく、来るとは分かってはいるのだが、念を押したかったのだ。


 すると。


 叔母は、糸目になってアディマを見るではないか。


「ケーコなら……温かい部屋が出来るまでは、都に返さんぞ」


 彼の意図など──すっかりお見通しだと言わんばかりに。



 ※



「アディマ!」


 訪問したアディマに、ケイコはとても嬉しそうにソファから立ち上がる。


「よく来たね」


 それを嬉しく思いながら、彼は我知らず瞳を緩めていた。


 叔母は意地は悪いが、カンはいい。


 彼女を呼び出した理由の半分は、ケイコに関することだと分かっているのだ。


 だから、こうして同行してきてくれたのである。


「ダイさんが歩いてて……びっくりした」


 この控え室に、ダイエルファンが来たという。


 珍しいと思っていたら。


「アディマの叔母様に……お礼を言っておいて欲しいって」


 ことづてを預かったの。


 ケイコが、少し笑顔のニコニコを増やした。


 ダイが、元気になったことが嬉しかったのだろう。


 ああ。


 彼の命を救ったのは、叔母だ。


 義理堅いダイのことだから、礼を言わないまま素通りは出来なかったのだろう。


「叔母様が戻ってきたら、紹介するから直接言う? って聞いたんだけど……」


 その笑顔に、困った色が混ざる。


 それには、アディマも苦笑にならざるを得なかった。


「ダイエルファンでは……難しいだろうね」


 彼が、自分からアディマに語りかけることは少ない。


 アディマが、それを気にするのではない。


 ダイが気にするのだ。


 身分の高い者に、自分から話しかけるのは失礼なことだと思っているのだろう。


「でも、本当にダイさんが元気になってよかった……光もちゃんとピカピカしてて……あれならすぐ元気になるわ」


 おや?


 彼女が嬉しそうに言ったダイの様子に、アディマは少し違和感を覚えた。


 そして、すぐに気づく。


 彼女が、人に知られないようにしていた自身の魔法の話を、言葉の中に織り込んだことに。


 また少し、変わったのだろうか。


「……何?」


 じっとアディマに見つめられ、ケイコは頬を赤くしながら見上げてくる。


「僕は……どんな光に見える?」


 だから──初めて、聞いてみた。



 ※



「アディマのは……」


 ケイコの視線が、すぅっと逃げた。


 アディマの目からではなく、光全部から逃げるように、真横の方へと行ってしまう。


 その頬に手をかけ、彼はもう一度自分へと引き戻した。


 すると、瞳が物凄い勢いであちこちに動き出し始めるのだ。


 逃げたいけど、逃げられない、みたいに。


 そして頬に触れる自分の手には、ケイコが更に温度を上げていくのが伝わってくる。


 触れ合うのが、苦手なのだろう。


 それが彼女の国の国民性なのか、それとも彼女自身の性質なのか。


 だが今は──そんなことは、どうでもよかった。


 こうしてケイコに触れて、彼女を見つめていると、自分の胸がはやっていくのが分かるのだ。


「どんな……光?」


 その近い瞳の距離で、アディマはもう一度問いかける。


 ケイコの唇が、二度三度と開きかけては閉じる。


「す……すごく……強く光ってる。夜なんかは……特に」


 そして。


 唇は、音を紡ぐために震えた。


 アディマのことを、紡ぐために。


 ケイコの唇から、いま、アディマのことが語られている。


 その瞬間を、彼は存分に噛み締めた。


「あ、でも……」


 ふと。


 ケイコの唇が、不思議な色を帯びる。


 何かを思い出したように、記憶をたどる音。


「でも……アディマのお父さんの時は、会った時は分からなかったな……何でだろ」


 うーんと、考え込むケイコ。


 しかし。


 アディマは、驚いていた。


 イデアメリトスの長が、自らケイコに接触していたというのだ。


 彼の手紙で、好奇心を抑えきれずに見に行ったのだろうか。


 だが、父の光がほかのイデアメリトスと違うと聞かされたことにも、多少ひっかかりを覚えた。


 それは、おそらく魔法で作った、仮初の身体だったに違いない。


 ケイコの目は、知識さえあれば、それを見分けられるというのか。


 敵に回したくはないな。


 ふと、アディマの脳に、不穏な言葉が流れたのだった。

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