叔母と甥
□
「面白い娘だな」
叔母の一言目が、それだった。
アディマとロジューが二人きりになった、応接室でのこと。
彼が、わざわざ叔母を呼びたてたのである。
表向きは、まもなく出立するという挨拶のため。
叔母の乱暴な魔法のおかげで、ダイは信じられない速さで回復をしている。
本来ならば、もう少し休息を取らせたかったのだが、本人がどうしても出立したいと言い張るのだ。
自分の失態で、旅が遅れるのが耐えられないのだろう。
「そうですか……」
とりあえず、アディマはほっとした。
気性の荒い叔母に、どうやらケイコは気に入られたようだ、と。
彼女を預けたのは、一人でも多い味方を手に入れるためだった。
味方になってくれ。
そんな言葉で、心を動かすイデアメリトスはいない。
ケイコを直接放り込んで、本人の意思で気に入ってもらわなければならなかった。
だからこそ、アディマは叔母の暴挙を止めなかった。
それどころか、一番最初にロジューを煽ったのは、彼自身なのだ。
「いま、うちでは温かい部屋なるものを作っているぞ」
くくく。
何かを思い出したらしく、叔母は心底楽しそうに笑う。
珍しい物好きの彼女の、好奇心を満足させるものを、ケイコが出してきたようだ。
「僕が、都に帰ったら、祭りが始まります」
彼女の存在を、ゆっくりと噛みしめながら、アディマは本題を口にした。
「お前が死ななければ、な」
さっくりと、叔母は斬りつけてくる。
前回の油断という傷口を、容赦なくえぐってくるのだ。
「死にませんよ……それで、祭りになったら……叔母上様も、都へいらっしゃいますよね?」
叔母の一撃を、さらりと蹴り飛ばしながら、アディマはゆっくりと問いかけた。
おそらく、来るとは分かってはいるのだが、念を押したかったのだ。
すると。
叔母は、糸目になってアディマを見るではないか。
「ケーコなら……温かい部屋が出来るまでは、都に返さんぞ」
彼の意図など──すっかりお見通しだと言わんばかりに。
※
「アディマ!」
訪問したアディマに、ケイコはとても嬉しそうにソファから立ち上がる。
「よく来たね」
それを嬉しく思いながら、彼は我知らず瞳を緩めていた。
叔母は意地は悪いが、カンはいい。
彼女を呼び出した理由の半分は、ケイコに関することだと分かっているのだ。
だから、こうして同行してきてくれたのである。
「ダイさんが歩いてて……びっくりした」
この控え室に、ダイエルファンが来たという。
珍しいと思っていたら。
「アディマの叔母様に……お礼を言っておいて欲しいって」
ことづてを預かったの。
ケイコが、少し笑顔のニコニコを増やした。
ダイが、元気になったことが嬉しかったのだろう。
ああ。
彼の命を救ったのは、叔母だ。
義理堅いダイのことだから、礼を言わないまま素通りは出来なかったのだろう。
「叔母様が戻ってきたら、紹介するから直接言う? って聞いたんだけど……」
その笑顔に、困った色が混ざる。
それには、アディマも苦笑にならざるを得なかった。
「ダイエルファンでは……難しいだろうね」
彼が、自分からアディマに語りかけることは少ない。
アディマが、それを気にするのではない。
ダイが気にするのだ。
身分の高い者に、自分から話しかけるのは失礼なことだと思っているのだろう。
「でも、本当にダイさんが元気になってよかった……光もちゃんとピカピカしてて……あれならすぐ元気になるわ」
おや?
彼女が嬉しそうに言ったダイの様子に、アディマは少し違和感を覚えた。
そして、すぐに気づく。
彼女が、人に知られないようにしていた自身の魔法の話を、言葉の中に織り込んだことに。
また少し、変わったのだろうか。
「……何?」
じっとアディマに見つめられ、ケイコは頬を赤くしながら見上げてくる。
「僕は……どんな光に見える?」
だから──初めて、聞いてみた。
※
「アディマのは……」
ケイコの視線が、すぅっと逃げた。
アディマの目からではなく、光全部から逃げるように、真横の方へと行ってしまう。
その頬に手をかけ、彼はもう一度自分へと引き戻した。
すると、瞳が物凄い勢いであちこちに動き出し始めるのだ。
逃げたいけど、逃げられない、みたいに。
そして頬に触れる自分の手には、ケイコが更に温度を上げていくのが伝わってくる。
触れ合うのが、苦手なのだろう。
それが彼女の国の国民性なのか、それとも彼女自身の性質なのか。
だが今は──そんなことは、どうでもよかった。
こうしてケイコに触れて、彼女を見つめていると、自分の胸がはやっていくのが分かるのだ。
「どんな……光?」
その近い瞳の距離で、アディマはもう一度問いかける。
ケイコの唇が、二度三度と開きかけては閉じる。
「す……すごく……強く光ってる。夜なんかは……特に」
そして。
唇は、音を紡ぐために震えた。
アディマのことを、紡ぐために。
ケイコの唇から、いま、アディマのことが語られている。
その瞬間を、彼は存分に噛み締めた。
「あ、でも……」
ふと。
ケイコの唇が、不思議な色を帯びる。
何かを思い出したように、記憶をたどる音。
「でも……アディマのお父さんの時は、会った時は分からなかったな……何でだろ」
うーんと、考え込むケイコ。
しかし。
アディマは、驚いていた。
イデアメリトスの長が、自らケイコに接触していたというのだ。
彼の手紙で、好奇心を抑えきれずに見に行ったのだろうか。
だが、父の光がほかのイデアメリトスと違うと聞かされたことにも、多少ひっかかりを覚えた。
それは、おそらく魔法で作った、仮初の身体だったに違いない。
ケイコの目は、知識さえあれば、それを見分けられるというのか。
敵に回したくはないな。
ふと、アディマの脳に、不穏な言葉が流れたのだった。




