ロジュー
☆
「はぁ? 温かい部屋?」
夕食の時。
馬と言われたものの、景子はロジューの食事に同席させられていた。
小さな生き物が、彼女の足もとで食事をしているのが見える。
いまは、あれと同列の扱いなのだろうか。
「はい、硝子を張った家の中は、とても温かいです」
この世界にない『温室』という言葉を伝えるために、景子はそう表現したのだ。
「家の中では、太陽が足りないではないか」
話にならないと言わんばかりに、ロジューは食器を一度爪先で鳴らす。
「ですから、壁も天井も、全部硝子で作ります」
そう言った時の、彼女の顔ときたら。
大きな目を、更に三倍くらい見開いたのだ。
景子が、びくっとしてしまうほどの迫力のある瞳だった。
だが、その直後。
「硝子で天井を……あっはっはっは、それはいい。そうか、硝子は窓や瓶だけに使うものではないか」
ロジューは、自分の身体を抱えるように大笑いを始めるではないか。
「馬鹿馬鹿しいことを、真面目に考えるのだな、ケーコは。ああ、本当に馬鹿馬鹿しい」
苦しそうに顎を上げ、ひとしきり笑い終えた後、彼女は目をぎらっと光らせて、景子の顔を見る。
「しかし、硝子だけで作ると、その重みで割れてしまいそうだがな」
「枠は木で作ります。格子状に木を組んで、間に硝子をはめていくので、1つあたりの硝子は、そう大きくなくて済みます」
景子の説明に、ロジューはふむと呟く。
そして。
その長い褐色の指先を、水の入った杯の中に、いきなり突っ込んだのだ。
何をするのかと思いきや。
彼女は水で濡れた指で、テーブルクロスに何かを描き始める。
何度か、杯に指をひたしながら。
「こんな、かんじか?」
うなるロジューの元へと、景子は席を立って近づいていった。
窓のたくさんある家、のようなものが描かれている。
「ええと……」
そして、景子もまたテーブルクロスと水を使った、お絵かきに参戦することとなったのだった。
※
そういえば。
景子は、きょろきょろした。
温室の件で、何度かロジューの部屋に呼び出されているのだが、『それ』らしい気配はない。
「何だ?」
彼女の態度に、この屋敷の主はいつも通り、上から見下ろす声を出す。
ソファに座っているはずなのに、どうしてもそう思えてしまうのが不思議だ。
「あ、いえ……」
個人的な興味と質問だったので、それを言うのははばかられた。
どこに地雷があるか分からないのだ、この女性は。
「気持ち悪いな。さっさと言え」
だが。
がぶりと、食らいついたら離さない。
景子は、既に自分の首にロジューが食らいついているのが分かって観念した。
「いえ……旦那さんはいらっしゃらないのかなと……素朴な疑問で」
アディマの叔母である。
たとえ、本当に実年齢が若いにしても、イデアメリトスの旅を成功させたという彼女に、何の縁談も来ないのはおかしく思ったのだ。
「結婚などしてない」
だが、ズバァっと一刀両断された。
「ええー!?」
意外すぎて、景子はその驚きをつい音にしてしまう。
「イデアメリトスの男と結婚するなんて、うんざりでな」
テーブルに置かれていた、ジャングルで実っていた南国の果物をひっつかむと、忌々しさを込めたようにかぶりつく。
いや、うんざりという気分で許されることなのだろうか。
「だが、私に娘がいなくてよかったと、お前は思わないのか?」
は?
突然振られた話の展開に、景子の脳はついていけなかった。
「もし、私に娘がいたら……間違いなく、あの愚甥の嫁候補筆頭になっていたからな」
くくくくく、と。
底意地の悪い瞳が、彼女に向く。
ええと。
ロジューの子ならば、アディマの従姉妹になる。
彼女の言い方からすると、イデアメリトスは、イデアメリトスと結婚するしきたりなのだろう。
そこに、景子が出てくる理由と言えば。
アディマの言う、景子伴侶説を丸呑みにしているということ。
わ、笑い飛ばしたんじゃないんですかぁぁぁ!




