力技
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「はっはっは、農林府の役人よ! この娘は、しばらくイデアメリトスの日向花が預かると、上司に伝えておけ!」
視界が、ぐりんと回って揺れる。
景子は、アディマの叔母の肩に担ぎ上げられていたのだ。
そして──そのまま連れ去られることとなる。
大きく揺れる視界に、手を伸ばしかけて動けないでいるネイディがいた。
だが。
アディマは、追いかけなかった。
扉から景子の連れ去られる姿を見てはいるが、叔母を止めようとはしなかったのだ。
なーんーでー??
後方にうねりながら飛ぶ、美しい黒髪の波にのまれながら、景子はアディマの行動について、きちんと考えられなかった。
驚きと衝撃で頭の芯までバクバクしながら、景子は荷馬車に放り込まれたのである。
あわわわわ。
荷馬車の隅っこでへたりこんだまま、彼女は乗り込んでくるイデアメリトスの女性を見た。
「出せ!」
彼女の大声と共に、がこん、と大きく馬車が揺れて動き出す。
「ロジューストラエヌル=イデアメリトス=ソレイクル16だ」
目を白黒させている景子を、彼女はわずかに揺らぎもせず立ったまま見下ろした。
幌を高く作ってあるのか、ロジューと名乗った女性の頭がぶつかることはない。
だが、この揺れる足もとでも、びくともしないのだ。
この国では、領主たちよりもイデアメリトスの人間の方が、頑丈でなければならないように思える。
「ケ、ケイコです」
迫力に気おされながらも、名乗らなければならない状態になって、彼女は言いなれた自分の名前を出す。
どうしても、フルネームで名乗るのが苦手だった。
こちら風の正式名称になると、いまの彼女の脳みそでは、思い出せもしない。
「はぁん……ケーコ、ケーコ、ケーコ」
口の中で転がすように、景子の名前を連呼する。
「了解した、ケーコ……今日からしばらくお前は、私の『馬』になれ」
いま引いている馬の片方の名前は、『ケールリ』だ。
付け足された言葉に、景子はがっくりと肩を落とす。
馬の名前によく似ていて、同じように名前が短いから──彼女は、残念ながらまだ人類として認められていないようだった。
※
領主の屋敷からほどなくして、荷馬車は別の屋敷へと入っていった。
アディマの叔母であるロジューは、この町に住んでいるようだ。
「さあ、ケールリとレップスを離せ。お前も、どこなりと好きに走るがいい」
ロジューは荷馬車からひらりと降りながら、大きな声で御者に命じた。
すぐさま馬は離され、待っていたかのように2頭は広い敷地を駆け回り始める。
ええと。
いま、馬の後に告げられた『お前』というのは、景子のことなのだろう。
まさに、馬と同列に扱われている。
まあ、自由にしていいってこと、かな。
景子は、おそるおそる荷馬車から降りて、周囲を見回した。
屋敷の脇に、濃い緑に繁る、ワイルドなジャングルが目に入る。
ジャングルとしか表現出来ないのは、この中暑季地域にきて、見たことのない植物が、好き放題に伸びているからだ。
景子は、足が勝手にそこへ向かって行くのを止められなかった。
そのジャングルは、外側の植物の力がとても弱い。
しかし、内側に進むに連れ、生命力溢れる力を放っている。
そして。
一歩進むごとに、草を分け入るごとに、熱と湿度が増してゆく。
一体、どうやって。
その答えは、ジャングルの中心にあった。
巨大な大なべで、ぐらぐらと湯を沸かしていたのだ。
火の番をしている汗だくの男が、突然の訪問者である景子にぎょっとした。
あー、あはは。
景子は、おかしくなって笑ってしまった。
何という、力技。
南国の植物を育てるのに、こうしてずっと火を焚いているというのか。
すさまじい贅沢の仕方だった。
しかし、あの豪快なロジューらしい。
彼女は、南の植物がきっと気に入ってしまったのだ。
それを手元に置きたいと考え、そして実行した。
方法こそ乱暴であれど、人のこうした無茶な行動が、だんだんと進化するヒントになってゆくのだろう。
熱と湿度に包まれながら、景子は少しだけ、ロジューのことが好きになったのだった。




