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ネイディは空気

「まったく」


 目を開けたら──ネイディが、こめかみに血管を浮かべていた。


 あれ。


 広く綺麗な天井。


 柔らかい背中のクッション。


 そろそろと起き上がると、自分がソファに横たわっているのが分かった。


「なんでそんなに無茶苦茶なんだ、お前は」


 頭から湯気を出しながら、同僚は怒っている。


 ああ、そうか。


 そんな大目玉は、耳に入ってこない。


 ダイが刺されたと聞いて、そこで全ての力が抜けてぶっ倒れてしまったのだ。


 ダイさん、大丈夫かな。


 大きくて力強い、彼のことを思い出す。


 少々のことでは、ビクともしない人に見えた。


 しかし、刺された──そう言われたのだ。


 怪我をしたでも、斬られたでもなく、刺されたと。


 刃物が垂直に人の身体に入る、という意味の言葉。


 その感触を、疑似体験してしまった景子は、ぶるっと身震いした。


 手術なんて技術は、きっとない。


 傷が、もし内臓を傷つけていたら。


 ソファに座ったまま、景子は再びどんどん青くなっていった。


「お、おい……」


 景子の異変に気づいたネイディが、説教をやめて近づいてくる。


 そんな時。


 ノッカーが鳴った。


「どうぞ」


 ネイディは、即座に返事をする。


 ノックを断る権利がないと、知っているかのように。


 そういえば。


 景子は、ぼんやりと扉の方へ視線を向けた。


 そういえば。


 ここは、どこ?


 その答えは──扉の向こう。


「失礼するよ……」


 金褐色の瞳が、そこにはあった。



 ※



「ア……ディマ」


 信じられない声で、景子は彼を呼んだ。


 空気の塊が、ひとつ大きな抵抗の後、自分の口から吐き出される。


 ああ、と。


 刺されていないと分かってはいたのに、こうして無事な姿を見た途端、心底安堵した自分がいたのだ。


 高級な訪問者に、驚き戸惑っているネイディは、慌てたように部屋の端に逃げてゆく。


「大丈夫かい? ケイコ」


 アディマは、鎮痛な瞳を彼女に向けてくる。


 その瞳の深い翳りは、きっと事件のせいなのだろう。


 あああああ。


 恥ずかしさが、全身に押し寄せる。


 彼は、景子になどかかずらっている暇などないのだ。


 自分は何をしているのか。


 余計に、心配を増やしてしまっただけではないか。


 景子は。


 急いでソファから足を下ろす。


 そして、すっくと立ち上がろうとした。


 のに。


 かくんっと、膝が崩れそうになるではないか。


 慌てて何かに捕まろうとして、そのままソファに逆戻りしてしまう。


「ケイコ!」


 近づこうとするアディマを、彼女は何とか手を持ち上げて止める。


「だ、大丈夫! 私は大丈夫だから……」


 大丈夫じゃないのは、アディマだし、ダイだ。


 情けない自分を、景子は心底恥ずかしく思った。


 そんな彼が。


 薄く、薄く微笑んだ。


「ダイエルファンなら……大丈夫だよ」


 その言葉を。


 景子は、全身で噛み締めた。


 何も考えられなかったし、何も言葉に出来なかった。


 ただただ。


 涙が出た。


「何もかも……大丈夫だよ」


 側に近づいてきたアディマが、優しく頭を抱いてくれる影で、景子はぼたぼたと涙を落とすので精一杯だった。

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