日向花
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「うはははは。油断したか、馬鹿者が」
都の隣の町というのは、人や施設が遜色ないほど充実している。
馬で単騎駆けならば、半日もかからない距離なのだ。
おかげで。
小うるさい親戚も、この町に住んでいる、というワケだ。
「叔母上様……ひやかしにいらっしゃったのですか?」
褐色の肌に香油を塗り、輝きと香りを際立たせ、長い髪を美しくうねらせる、父の妹だ。
跡目こそ継げなかったが、彼女も正式にイデアメリトスとして名を連ねている──要するに、旅を成功させた者の一人である。
だからこそ、好きなだけ髪を伸ばし、若さを維持できるのだが。
「刺されたのが、おまえでなかったということは、よい従者のおかげというワケだな」
んふんふと、興奮気味に叔母は笑う。
女だてらに旅を成功させるほどの、肝の太さを持つ彼女だ。
この状況を、とてもとても楽しんでいるようにしか思えない。
「さて、その従者君はどこだね」
指をわきわきと動かしながら、叔母は目をらんらんと輝かせていた。
「今はまだ、治療中です」
入らないで下さいよ。
いい医師たちをつけてはいるが、斬りつけられた外傷とワケが違う。
最終的にはダイの運と生命力で、乗り切ってもらうことになる。
釘を刺す甥を、彼女は上から睨み下ろした。
背は、明らかにアディマの方が高いので、胸を反りかえらせてまで見下ろす視線にするのだ。
「馬鹿者! このイデアメリトスの日向花が、直々に助けてやろうと出向いてやったのだ。ひれ伏して感謝してもよかろう」
(実年齢が)若い時に呼ばれていた二つ名を振りかざし、叔母は更に胸を反らす。
あ。
そこで、ようやくアディマは気づいた。
親族とは言え、彼は叔母の魔法能力を詳しくは知らない。
助けるというからには、その魔法が使える、ということか。
希望が、そこにあるというのだ。
「いくらでも……ひれ伏しましょう」
アディマが、瞼を伏せかけた時。
「気持ち悪いわ。兄者の半分くらいはふてぶてしくしておれ」
一体──どうしろと。
※
「さて、殺すか」
医者を脇に追いやると、叔母はいきなり不穏な発言を口にする。
アディマは立ち合いながらも、その空気の読めない物言いに、若干の非難の視線を込めた。
「まあ、半分は冗談抜きだ。魔法は、万能ではないからな」
使い方次第だ。
叔母は、右手を一度拳にして開いた。
脂汗を浮かべて痛みをこらえるダイを見下ろし、彼女は長い髪を二本引き抜いて右手と左手に1本ずつ巻きつける。
「1本で、健康な身体を最低限残して止める。もう1本で、傷の部分を治癒させる」
治癒の魔法は、アディマも知っている。
だが、それはあくまでも、命に関わらない傷への治癒に使うのだ。
こんな、魔法を受ける側の命を賭けるような使い方を見るのは、初めてだった。
「私はこれで二人殺して、四人助けた」
放っておいたら、六人死んでたがな。
いまだに叔母は、時折放浪の旅に出ると聞く。
その無茶な生活の上で、こんな乱暴な技を手に入れたのだろうか。
「めった斬りにされて生き残った男に会いたければ、うちに来るといいぞ」
さあ。
叔母は右手と左手に、それぞれ金と灰色の炎を浮かべた。
金は、太陽の力。
灰色は──死の力。
その灰色の左手を、叔母はダイの額に乗せた。
死が。
死が、少しずつ彼を侵食してゆくのが分かる。
脂汗が止まり、その顔からは苦痛が消えてゆく。
その代わり。
顔色が、青く青くなってゆくのだ。
叔母は、手をそのままにダイの胸へと耳をあてた。
彼の心音を、耳で拾っているのだろう。
「もうちょっと、死んでいいぞ」
右手の金の炎を、空中で燃やしながら、叔母の口元がニヤリと上がる。
もう少し、穏やかな表現はないものか。
アディマは、豪傑すぎる親戚に、ため息を呑み込まなければならなかった。




