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ネイディの衝撃

 久しぶり、久しぶり、久しぶりのアディマだー!!!


 本人を目の前にして、景子の尻尾は激しく打ち振られていた──尻尾があれば、の話だが。


 彼女を見つめてくれる金琥珀の目は、いつも通りの優しさを含んでいて。


 アディマの前に、いままさに自分がいるんだなあと、じわじわと自覚してゆく。


「ちょ……いい加減にしろよ……一体なんだってんだ」


 そしてまた、連れの存在をすっかり忘れていた。


「あはは、ごめんネイディ……あ、アディマ、同じ農林府のネイディさん」


「その呼び方で人に紹介するな、田舎者。ゴホン……農林府に勤めていますネイディランフルルです」


 咳払いをした後、ネイディはきりっと表情を整えて自己紹介する。


 視線は、リサーに向いている。


 多分、この中で一番髪が長いのが、彼だからだろう。


 分かりやすいなー。


 景子は、にこにこしながら、その光景を見ていた。


「ああ、農林府……」


 アディマの視線は、ネイディの二の腕のスカーフに向けられた。


 景子も、自分の腕のそれを彼にアピールした。


 ちゃんとお仕事やってますよ、という意味で。


 成果は、まあ──これから上げる予定だが。


 それに、アディマは軽く微笑みながら頷いてくれた。


「これから、都入りですか? いいところですよ、都は」


 にこやかにネイディは、歓迎の意を表した。


 あれ?


 違和感を、覚える表現だった。


 まるでアディマ達が、初めて都に入るかのような意味を含んでいたからだ。


 ええと。


 勘違い、してる?


 景子は、ネイディを見た。


 彼女の知り合いなので、同じように遠くから来たと思っているのだろうか。


 ダイが、微かに唇の端だけで笑った気がした。


「ありがとう、いいところだよ、都は」


 アディマは、そんなネイディを傷つけないようにか、柔らかい表現で返す。


 さすがは、アディマだ。


「ゴホンゴホン……彼女は、よく働いてますか?」


 しかし。


 そこに、リサーの余計な一言が追加され──景子は、足もとの地面が突然なくなった気がしたのだった。



 ※



「あー……ケーコの勤務態度?」


 ネイディは、ちらりと横目で彼女を見る。


 どう言いつけてやろうかな──そんな気配が伺い知れる視線だった。


 や、や、やめてぇぇ。


 景子は青ざめながら、職場の仲間を見つめるしか出来ない。


 確かに、彼女は学校にも行った。


 畑ばかり走り回った。


 提出した書類は少ない。


 で、で、で、でも、遊んでたわけじゃないのよー。


 今日だって、こうして隣領の畑を見ようと、出張してやってきたわけだし。


 景子は、心の中で山ほどの言い訳を、並べたてようとした。


「リサードリエック、その辺にしておいてやれ……ケイコが倒れそうだ」


 彼女の顔色を見て、アディマは苦笑しながら従者をなだめる。


「しかし、我が君……私の父のはからいで、農林府に置いているのです。私には知る権利があると思いますが」


 なるほど、ごもっともな反論だった。


 このままネイディによって、断罪されるだろう──そう覚悟しかけた時。


「我が君……って……え、父のはからいって……」


 ネイディは、別の方向で混乱を始めていた。


 目まぐるしく、四人の旅人のひとりひとりの顔を見ている。


「ケーコ、君の後見人って……ブエルタリアメリー卿だったよね……」


 その声は、問いかけているものとはちょっと違った。


 否定してくれ、誰か嘘だと言ってくれ、という絶望に似た音。


 何故、そこまでネイディの声が落下していっているのか、とっさに彼女は分からなかった。


「ま、さ、か……イデアメリトスの……」


 そして、ネイディの視線が、汗をだらだら流しながら、アディマで止まったのだ。


 あ。


 ようやく、景子は理解した。


「ああ……気にしなくていい。都に入るまでは、ただの旅人だよ」


 いまにも平伏しそうな彼を、アディマは止める。


 ネイディの目はアディマと景子を行ったり来たりしながら、『僕はどうしたらいいんだ?』と、彼女に必死に助けを求めていた。



 ※



「僕が、農林府をやめさせられたら……ケーコのせいだからな」


 ぐったりと路傍に座り込むネイディに、思い切り恨み言を言われた。


 最初に、景子がアディマのことをきちんと彼に教えなかったせい、というワケだ。


「あ、いや……大丈夫だよ。アディマそんな事しないと思うし」


 アディマ一行は、都へと向かっていた。


 平坦な道が多いおかげで、まだ遠くに小さく彼らの影が見える。


 それを見送りながら、景子はネイディをなだめなければならなかった。


「大体、ケーコはイデアメリトスの御方と、どういう関係なんだよ……前々から気になってたけど」


 がばっと顔を上げたネイディの頬に、今日こそは問い詰めてやるという文字が浮かび上がっている気がするほど。


「どういう関係って……ええと……アディマの旅の途中で出会って、一緒に旅をしたの」


 思い出すまでもなく、景子はそれをすらすらと口に出せた。


 アディマが二十歳になるということは、既に出会って一年半くらいが経つということか。


 時が過ぎるのは、本当に早いものだ。


「それだけ?」


 疑いの目。


「うん、それだけ」


 こくこくと、景子は頷いた。


 あれ?


 何か、忘れてるような。


 頷いた後に、彼女は自分の答えに何かひっかかった。


「ああ、後、私に植物の知識があるから、この国のために役立てて欲しいって」


 そうそう、これを忘れちゃいけない。


 だから、景子を農林府に入れてくれたのだ。


 んーと。


 何かまだ、忘れてる気がするなあ。


「そうか、運がいいんだなケーコは」


 その言葉には、明らかなる厭味が含まれていた。


 あはは、気にしない、気にしない。


 さっきまでの恨み言が重なって、こんなことを言いだしているだけなのだ、ネイディは。


 だが。


『忘れている事』が、実は『忘れようとしていた事』であることを思い出してしまい、景子は一瞬固まった。


 立ち直ろうとしているネイディを見ながら。


 プ、プロポーズされたってことは、言わなくても、いいんだよね。


 現実味のないその記憶を持て余した景子は、また押入れの奥の奥に、それをしまいこんだのだった。


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