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ネジぎれ

 ケーコ。


 そんな、たどたどしい呼び方でも、相手に自分の名を伝えることが出来た。


 その事実に、彼女はとても喜んだ。


 そうなると次は。


 自分の胸にあてた手のひらを、今度は子供ならざる者へと向けるのである。


 あなたは、と。


 不思議な不思議な猫目石のような瞳を持つ、子供のようで子供でないもの。


 何か、特別な人であることしか、景子には分からないのだ。


 子供ならざる者は、自分の胸に手のひらをあて、微かに首を傾けた。


 自分の名前を聞いているのか。


 そう、聞き返しているように感じた。


 こくりと、彼女が頷く。


 だが。


「──……」


 その唇が、何かを発しようとした時。


 ようやく落ち着いてきた女性が、二人のやりとりを見て、それを止めようとする。


 剣で辺りを警戒していた男さえも、慌てて鞘に収めて割って入ってくるではないか。


 何か、悪いことを聞いたのだろうか。


 ただ、名前を聞いただけなんだけど。


 違うことと誤解されたのかもと思い、景子はしょんぼりとしながら三人のやりとりを見ていた。


 子供ならざる者は。


 軽く首を横に振って、彼らの干渉をやめさせると、景子の方をまっすぐに見るのだ。


「アディマバラディム……──」


 長く、長く音は続いた。


 な、長い。


 彼はもしかして、正式な名前を名乗っているのかもしれない。


 景子のように名前だけではなく。


 困った。


 同じように復唱する自信がない。


 こんなことなら、自分も苗字まで名乗っておけばよかったと、すっとぼけたことを考えていた。


 あーあーあーあー。


 景子の戸惑いを見取ったらしい相手が、もう一度繰り返す。


 やはり、途中から覚えられない。


「あ……アディマ?」


 それが、精一杯だった。



 ※



「菊さん!」


 二人が戻ってきた姿を見て、景子は驚いた。


 大きな男の人に、おぶわれて帰ってきたからだ。


 どこか怪我をしたか、それとももっと最悪なことが起きたのか。


 とにかく、二人とも血まみれで。


 無傷なんて、考えられなかったのだ。


 彼女は駆け寄りたかったが、梅を寄りかからせているために、大きく動くことは出来なかった。


 景子が一生懸命伸びをして、男の背中を見ようとするものだから、彼はわざわざ近づいてきて、膝を折って背を彼女の方へと向けてくれた。


 菊は。


「すぅ……すぅ……」


 穏やかに寝息を立てていた。


 ね、寝てる!?


 その事実に、景子は唖然とした。


 戦いで疲れたとか、そういう解釈が出来ないではないのだが、こんな環境でいきなり眠れるなんて。


 どれだけ胆が太いのかと、驚いてしまったのだ。


 となると。


 この環境で、まともに起きている日本人は、自分だけということで。


 さっきまでと、まったく状況が変わっていないことに気づく。


「───」


 大きな男が、背に菊をおぶったまま、子供ならざるもの──アディマに語りかける。


 それに、小さな顎がこくりと頷いた。


 もう一人の男を呼んで、アディマが指示を出す。


 彼は、素早く景子の方へと近づいて来た。


 な、なに!?


 あわあわしている彼女をよそに、彼は梅の身体を景子から引き受けたのだ。


 着物姿の梅を、おぶいにくそうにしつつも、彼はなんとかその背に乗せる。


 ああ、そうか。


 彼らは、移動を開始しようとしているのだ。


 こんなところに、いつまでもいるワケには、いかないのだろう。


 梅と菊をおぶわれてしまっては、景子も一緒に行くしかない。


 それ以前に、行くあてなど何もないのだが。


 立ち上がろうとした彼女の前に、手が差し伸べられる。


 アディマだった。

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