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光陰矢のごとし

 都が、浮かれ始めていた。


 卒業間近の学校へ向かう道の途中、景子は首をひねる。


「ねぇ、シェロー……なんかあるの?」


 隣を歩く、初等科の子供に声をかけた。


「ねーちゃん、何にも知らねぇのな」


 一度顔をしかめた後、シェローはあきれた声を出す。


 う、すみません。


「来月入ったらすぐ、イデアメリトスの祭りがあるんだぜ」


 30年ぶりなんだってさ。


 へぇへぇ。


 説明に、景子は頷いた。


 そうか、お祭りか。


 それなら、町の人が浮かれる気持ちも、分からないでもない。


「あっ、でも、祭りがあるっていうのは、本当は言っちゃダメなんだぜ」


 なのに。


 慌ててシェローは、周囲を見た。


 自分の言葉が、他の誰にも聞かれていないか心配したのだろう。


「なあに、それ……変なの」


 祭りがあるのに、祭りがあると言ってはいけない、と。


「うーん、俺もよくわかんないんだけど、かーちゃんがそう言うんだ。みんな知ってなきゃいけないけど、おおっぴらに言っちゃいけないって」


 それで、景子に祭りの話が入ってこなかったのか。


 おもしろそうなお祭りだな。


 彼女は──死ぬほど単純な生き物だった。


 そして。


 事態が、そんなに単純ではないことを、職場で知ることになる。


「ネイディ……言っちゃいけないお祭りって知ってる?」


 もうすぐあるらしいんだけど。


 景子が、職場の仲間に小さい声で問いかけると。


 彼は、がくーっと肩を落としたのだ。


「ちょ……イデアメリトスの御方と付き合いあるくせに、そんなことも知らないのか」


 周囲をはばかるように、ネイディは身を乗り出してくる。


「イデアメリトスのお世継ぎが、旅に成功して帰ってくるんだよ……言っちゃいけないってのは、都に入るまで旅が成功とみなされないからだ」


 直前で何かあって、失敗しちゃったら困るだろ。


 へぇ、イデアメリトスの御世継ぎがー……って!?


「ええええーーーー!!!」


 農林府は、景子の絶叫で引き裂かれたのだった。



 ※



 半年。


 半年近くが、飛ぶように過ぎたことを、景子はその時に知ったのだ。


 畑を回り、学校へ行き。


 ら、来月。


 来月には、アディマたちが都に帰ってくる。


 やったことは、とりあえず連作障害の対処法をまとめた文書を、ネイディに習いながら何とかこさえたこと。


 景子は、過去の生産量の推移を表すために、無意識に棒グラフを作成してしまい、ネイディに『へんてこだけど、分かりやすいな』と笑われてしまった。


 短大時代のレポートや、OL時代の仕事のせいで、変な技がしみついてしまっているのだ。


 あの書類、ちゃんと農村に回るといいなあ。


 一体、いまどこの部署に回されているのか、謎なままなのだ。


 もしかしたら、ここのウラナリ上司の机の下に落ちて、放置されているかもしれない。


 結局、まだ何の成果も上げられていない、というのが現状だった。


 や、やばい。


 落第の危機にある学生のような気分を、景子は味わっていた。


 このままでは、せっかくリサーの父親まで引っ張り出して推薦してもらったのに、役に立っていないではないか。


 農林府に勤めてみないかと、最初にアディマに勧められた。


 彼は、二十歳にならなければ都に戻れないため、先に景子だけを行かせようとしたのだ。


 最初は、一人で行く不安はあった。


 だが、梅と約束したのだ。


 足場を作って、そこに彼女を呼ぶと。


 農林府という役所は、景子にとってはその足場とやらを踏み固めるに、相応しいところに思えた。


 だから、こうして一人で先に入って働いていたのである。


 なのに。


 いまひとつ、うだつが上がっていないではないか。


 リサーの父親や、アディマの父親の威光にぶら下がっているだけである。


 あわわ。


 実験は、いろいろ行っている。


 枯れ草や石材、川の貝の殻に堆肥と、農林府の実験用の畑にまいて、土の様子をみているが、それぞれ結果が出るまで時間がかかるのだ。


 二二が四、二三が六。


 つい、九九を頭の中で詠唱し始めてしまったが──ただの現実逃避だった。


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