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内畑

「ブエルタリアメリー卿の紹介なんだってね」


 強くなってゆく日差しの中、貧乏くじを引いた男──ネイディと一緒に町を歩く。


 彼は、景子に対しての多少の好奇心を、隠すつもりはないようだ。


「はぁ……そういうことみたいですね」


 彼女は、曖昧に答えるしか出来ない。


 ブエルタリアメリー卿は、リサーの父親だが、景子が直接会ったことがあるわけではないのだ。


「一体、何を企んでるの? 卿のお墨付きがあれば、もっとすごい役所に入れるのに。農林府なんて、税務府くらいとしか大きな付き合いのないしょぼい役所だよ」


 農民からの嘆願書とか、整理しなきゃいけないし。


 ネイディは、うんざりした声を出す。


「え? 嘆願書とか来るんですか?」


 景子が食いついたのは、そこだった。


 農民の生の声。


 彼らが困って、中央にお願いを送るというのだ。


「大抵が、今年は不作だったから税金を減らして下さい、っていうのばっかりだよ。税金を少しでも減らしたい、奴らの手さ。税務府に言えってんだ」


 ぶつぶつ。


 ネイディは、随分ストレスがたまっているように見えた。


 あの上司と、そんな嘆願書に囲まれれば、そうなってしまうのかもしれない。


「不作……」


 またも、景子の食いつくところは違っていたが。


「確かに、年々収穫量が落ちているところが増えてるけど、それは僕らのせいじゃないだろ?」


 ぶつぶつの続く彼を横目に、景子の脳みそと目は違う動きをしていた。


 不作のいくらかは、連作障害対策で何とかなりそうだ。


 この国は、農業をまだ技術として見てはいない。


 農民の、経験と知識だけで行われている。


 工夫や改善の余地は、あきらかに多い。


 そして、景子の目は。


 都の、商業地域に向けられていた。


 野菜や果物の並ぶ市場に差しかかったのだ。


 その商品の光を、無意識に見つめていたのである。


 瑞々しい新鮮な野菜が、都で楽しめる。


 この、荷馬車しかない交通手段で。


 理由は、内畑とやらにあった。


 都の内部に、畑があったのだ。



 ※



 都の北側は、農園になっていた。


 農園まで込みで、外壁に囲まれているのだ。


「元々は、籠城用の畑だよ。いまは、どこも攻めてはこないから、都の人間が食べるための野菜が主だけどね」


 中暑季地帯である。


 北側でも、十分な日照と気温が約束されている。


 灌漑施設にも、きちんと手が入れてあった。


「この内畑は国の持ち物だよ。イデアメリトスの御方の持ち物、と言ったらいいかな。管理は農林府がやっているけど、農林府の畑はもっと向こうにある」


 ネイディの言葉など、景子にはもう聞こえていなかった。


 しゃがみこんで、土に触っていたのだ。


 悪くない。


 いろんな野菜を作っているおかげか、土はそこまで痩せてはいなかった。


 改善の余地はあるが、優先順位からすれば後回しにしても大丈夫だろう。


 土を掘り返していると、細長いミミズのような生き物が顔を出す。


 あっという間に、地中に潜って行ってしまったが。


 にこにこ。


 景子は、顔を緩ませながら、それを見送る。


 土に味方してくれる生き物に違いない。


 次に、野菜の葉や茎を見る。


 見たことのない植物も、そこにはたくさんあるのだ。


 食べたこともない。


 表を見る、裏を見る、根っこを見る、匂いを嗅ぐ、一枚失敬して噛んでみる。


 苦い。


「ハハハハ……それはまだ成長途中だぞ。花が咲いた後に実がなる。それがうまいがな」


 顔をしかめている景子の後ろで、笑い声が上がった。


 豪快な笑い声だ。


 驚いて振り返ると、そこにネイディはいなかった。


 代わりに立っていたのは、髪を長く長く編み、もみあげから続く顎髭をたくわえた男性。


 男盛りの渋若い気を、太陽の下で惜しみなく放っている。


 アディマと同人種の、肌と瞳をしていた。


 この町に住む半分が、そうなのだから珍しくはないだろう。


 髪が長いので偉い人のようだが、畑に詳しい。


 農林府の役人だろうか。


「食べごろの同じ野菜なら、向こうの畑にある……行ってみるかな?」


「はい!」


 こんな良いお誘いを、景子が断るはずなどなかった。


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