内畑
☆
「ブエルタリアメリー卿の紹介なんだってね」
強くなってゆく日差しの中、貧乏くじを引いた男──ネイディと一緒に町を歩く。
彼は、景子に対しての多少の好奇心を、隠すつもりはないようだ。
「はぁ……そういうことみたいですね」
彼女は、曖昧に答えるしか出来ない。
ブエルタリアメリー卿は、リサーの父親だが、景子が直接会ったことがあるわけではないのだ。
「一体、何を企んでるの? 卿のお墨付きがあれば、もっとすごい役所に入れるのに。農林府なんて、税務府くらいとしか大きな付き合いのないしょぼい役所だよ」
農民からの嘆願書とか、整理しなきゃいけないし。
ネイディは、うんざりした声を出す。
「え? 嘆願書とか来るんですか?」
景子が食いついたのは、そこだった。
農民の生の声。
彼らが困って、中央にお願いを送るというのだ。
「大抵が、今年は不作だったから税金を減らして下さい、っていうのばっかりだよ。税金を少しでも減らしたい、奴らの手さ。税務府に言えってんだ」
ぶつぶつ。
ネイディは、随分ストレスがたまっているように見えた。
あの上司と、そんな嘆願書に囲まれれば、そうなってしまうのかもしれない。
「不作……」
またも、景子の食いつくところは違っていたが。
「確かに、年々収穫量が落ちているところが増えてるけど、それは僕らのせいじゃないだろ?」
ぶつぶつの続く彼を横目に、景子の脳みそと目は違う動きをしていた。
不作のいくらかは、連作障害対策で何とかなりそうだ。
この国は、農業をまだ技術として見てはいない。
農民の、経験と知識だけで行われている。
工夫や改善の余地は、あきらかに多い。
そして、景子の目は。
都の、商業地域に向けられていた。
野菜や果物の並ぶ市場に差しかかったのだ。
その商品の光を、無意識に見つめていたのである。
瑞々しい新鮮な野菜が、都で楽しめる。
この、荷馬車しかない交通手段で。
理由は、内畑とやらにあった。
都の内部に、畑があったのだ。
※
都の北側は、農園になっていた。
農園まで込みで、外壁に囲まれているのだ。
「元々は、籠城用の畑だよ。いまは、どこも攻めてはこないから、都の人間が食べるための野菜が主だけどね」
中暑季地帯である。
北側でも、十分な日照と気温が約束されている。
灌漑施設にも、きちんと手が入れてあった。
「この内畑は国の持ち物だよ。イデアメリトスの御方の持ち物、と言ったらいいかな。管理は農林府がやっているけど、農林府の畑はもっと向こうにある」
ネイディの言葉など、景子にはもう聞こえていなかった。
しゃがみこんで、土に触っていたのだ。
悪くない。
いろんな野菜を作っているおかげか、土はそこまで痩せてはいなかった。
改善の余地はあるが、優先順位からすれば後回しにしても大丈夫だろう。
土を掘り返していると、細長いミミズのような生き物が顔を出す。
あっという間に、地中に潜って行ってしまったが。
にこにこ。
景子は、顔を緩ませながら、それを見送る。
土に味方してくれる生き物に違いない。
次に、野菜の葉や茎を見る。
見たことのない植物も、そこにはたくさんあるのだ。
食べたこともない。
表を見る、裏を見る、根っこを見る、匂いを嗅ぐ、一枚失敬して噛んでみる。
苦い。
「ハハハハ……それはまだ成長途中だぞ。花が咲いた後に実がなる。それがうまいがな」
顔をしかめている景子の後ろで、笑い声が上がった。
豪快な笑い声だ。
驚いて振り返ると、そこにネイディはいなかった。
代わりに立っていたのは、髪を長く長く編み、もみあげから続く顎髭をたくわえた男性。
男盛りの渋若い気を、太陽の下で惜しみなく放っている。
アディマと同人種の、肌と瞳をしていた。
この町に住む半分が、そうなのだから珍しくはないだろう。
髪が長いので偉い人のようだが、畑に詳しい。
農林府の役人だろうか。
「食べごろの同じ野菜なら、向こうの畑にある……行ってみるかな?」
「はい!」
こんな良いお誘いを、景子が断るはずなどなかった。




