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 都への門。


「うわぁ」


 景子は、その大きな切り出された白石の門を見上げて、感嘆の声をあげた。


 ダイが送ってくれたが、彼は門をくぐることはなかった。


 向こう側に立ったまま、こちらを見送っている。


 門で待ち受けていたのは、中年の男だった。


 髪を伸ばし、いい身なりをしている彼が、何者なのかはシャンデルに説明を受けていた。


 リサーの叔父で、シャンデルの遠い親戚。


 農林府の中堅職の役人、と聞いている。


「手紙は受け取っておる……まったく、どこの馬の骨ともしれん庶民など拾ってきおって」


 ブツブツ。


 神経質らしい動きで、景子の上から下まで眺め倒した挙句、顔を顰めて下さった。


 あ、あは。


 しょっぱなから、見事な歓迎っぷりだ。


 リサーの叔父ということで、頭が固いと予想はしていたが、見事な的中である。


「しかも、兄上を後見に農林府に勤めるなど……もし、兄上や私に恥をかかせた場合は、命と引き換えに詫びても足らぬぞ」


 相当の兄上好きなのか、男の言葉は本当に強く刺々しかった。


 景子は、神妙なふりでそれを受け流す。


 シャンデルの方が、脇でぷるぷると震えているほどだ。


 こういう威圧は、何故か平気だった。


 命のやりとりがあるワケでもなく、嫌われるのが怖いワケでもない。


 それに、自分と極力関わりたくないと思っているのが、はっきりと伝わってくる分、ほっといてくれそうだった。


「私の屋敷の隅に置いてやるのも、重々に感謝するがいい」


 家の心配をしなくていいのは、助かる。


「ありがとうございます」


 景子は、細かい話が全部通っていることに感謝をした。


 だが。


「シャンデルデルバータ……お前は、イデアメリトスの君のところへ帰るのだ。でなければ、お前の弟の出世の役には立つまい」


 お前は、あの方と一緒に帰ってくることに意味があるのだ。


 言葉に、シャンデルは震えながら頷いた。


 彼女にもまた、やるべきことがあるのだ。


 ああ。


 だから、ダイがまだそこにいたのか。



 ※



「わぁ」


 景子は、案内された部屋に歓声をあげた。


 そこは、見事な使用人部屋だったのだ。


 やったぁ。


 ようやく、身分相応の部屋を得た事実に、景子は本当に喜んだのである。


 変な話だが、いままで待遇が良すぎて、本当に落ち着かないことが多かったのだ。


 ベッドとテーブルと椅子、服をしまう古びた家具と燭台。


 それだけしかないが、十分だった。


 窓を開けると、庭の隅が見える。


 しかし──暑い。


 都に近づくにつれ、分かってはいたことだが、初夏ほどの暑さだ。


 中暑季地帯、というところに都はあるという。


 日本で言えば、6~7月くらいの温度だろうか。


 1年中こんな暑さの中を人は生きているので、町の人の半分ほどはアディマのような肌をしていた。


 残りの半分も、どうしても日焼けの洗礼からは逃れられないようだったが。


 うう、もう結構焼けたなぁ。


 自分の両の手の甲を見ながら、景子は笑った。


 しかし、周囲の人がみないい肌の色をしているのだから、日本の感覚で恥ずかしがる必要はないように思える。


 シミという恐ろしい敵については、もはや考えないことにするしかない。


「明日、農林府に連れて行くことになるんだが……大丈夫かのう? あんたみたいなおじょうちゃんに、役人が勤まるかぁ?」


 案内してくれた初老の男が、うーんと部屋の入口で唸った。


 窓の外に目を奪われていた景子は、はっと振り返る。


 そんな相手に、にっこりしてこう言った。


「32です」


「へ?」


「32歳です、私」


 日本は、もう秋になっただろうか。


 だとしたら、景子には誕生日が来ているはず。


 だから、1つ年を足したのだ。


 一生、31歳と言っているのは詐欺だろうから。


 アディマに白状して以来、景子にとって歳の話はウィークポイントではなくなっていたのだ。


「32……」


 とても信じられん──男の顔には、そう書いてあった。



 ※



 朝!


 景子は、薄暗い最中、目を覚まして飛び起きた。


 着替えを済ませ、そーっと庭に出る。


 初夏の地域は朝が格別だと、旅の途中で知ったのだ。


 んーっと大きく伸びをして、白々と明け始める空と、目覚めようとしている植物の光を見る。


 蕾を開こうとしている花を見つけ、その前に張り込んだ。


 朝顔と姿は違うが、同じ要領で咲くようである。


 その花が開き始めると同時に、使用人たちも起き始めた音がする。


 まるで、仕事を始める合図のような花だ。


 最初に庭に出てきた男に、ぎょっとされた。


 昨日、彼女を部屋に案内してくれた人だ。


「おはようございます」


「月の化け物が出たかと思ったじゃねぇか……暗い内にあんまり外に出ない方がいいって、お前はおっかさんに習ってねぇのか?」


 ああ、そうか。


 男の言葉に、景子は納得した。


 景子の世界とは違う迷信が、こっちにはあるのだ。


 特に月については、よくないものばかりのようで。


 ここは中暑季地帯だから、元々日照時間は長い。


 その分、短い夜は余り出歩いてはいけないようだ。


 彼女は、夜におびえることは少ない。


 夜と言えども、景子にとっては明るい世界なのだから。


 それに、ダイが守ってくれて、アディマも他の二人もいて。


 恵まれた夜が多かったのだ。


「さあさあ、厨房に行って、朝飯と持っていく昼飯をもらってこい。早めに行かないと、他の連中に食われっちまうぞ」


 急かされて、それは大変と景子は屋敷へと戻り始めた。


 男も、一緒に後ろからついてくる。


 厨房は──すでに、使用人が集まっていた。


 女が3人、男が3人。


 後ろの男を入れると、合計7人か。


「何だ、ボルポッサム爺の新しい女かい?」


 アディマと同じ肌の色の男が、ひやかすように声を上げた。


 まるで、学校の転校生のような扱いだな、と感じる一瞬。


「景子です、どうぞよろしく」


 挨拶をすると、皆が少し奇妙な表情をした。


 おばさんが、言った。


「短い名前だねぇ……」


 まことに、そのとおりでございます。


 景子は、苦笑するしかなかった。


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