都
☆
都への門。
「うわぁ」
景子は、その大きな切り出された白石の門を見上げて、感嘆の声をあげた。
ダイが送ってくれたが、彼は門をくぐることはなかった。
向こう側に立ったまま、こちらを見送っている。
門で待ち受けていたのは、中年の男だった。
髪を伸ばし、いい身なりをしている彼が、何者なのかはシャンデルに説明を受けていた。
リサーの叔父で、シャンデルの遠い親戚。
農林府の中堅職の役人、と聞いている。
「手紙は受け取っておる……まったく、どこの馬の骨ともしれん庶民など拾ってきおって」
ブツブツ。
神経質らしい動きで、景子の上から下まで眺め倒した挙句、顔を顰めて下さった。
あ、あは。
しょっぱなから、見事な歓迎っぷりだ。
リサーの叔父ということで、頭が固いと予想はしていたが、見事な的中である。
「しかも、兄上を後見に農林府に勤めるなど……もし、兄上や私に恥をかかせた場合は、命と引き換えに詫びても足らぬぞ」
相当の兄上好きなのか、男の言葉は本当に強く刺々しかった。
景子は、神妙なふりでそれを受け流す。
シャンデルの方が、脇でぷるぷると震えているほどだ。
こういう威圧は、何故か平気だった。
命のやりとりがあるワケでもなく、嫌われるのが怖いワケでもない。
それに、自分と極力関わりたくないと思っているのが、はっきりと伝わってくる分、ほっといてくれそうだった。
「私の屋敷の隅に置いてやるのも、重々に感謝するがいい」
家の心配をしなくていいのは、助かる。
「ありがとうございます」
景子は、細かい話が全部通っていることに感謝をした。
だが。
「シャンデルデルバータ……お前は、イデアメリトスの君のところへ帰るのだ。でなければ、お前の弟の出世の役には立つまい」
お前は、あの方と一緒に帰ってくることに意味があるのだ。
言葉に、シャンデルは震えながら頷いた。
彼女にもまた、やるべきことがあるのだ。
ああ。
だから、ダイがまだそこにいたのか。
※
「わぁ」
景子は、案内された部屋に歓声をあげた。
そこは、見事な使用人部屋だったのだ。
やったぁ。
ようやく、身分相応の部屋を得た事実に、景子は本当に喜んだのである。
変な話だが、いままで待遇が良すぎて、本当に落ち着かないことが多かったのだ。
ベッドとテーブルと椅子、服をしまう古びた家具と燭台。
それだけしかないが、十分だった。
窓を開けると、庭の隅が見える。
しかし──暑い。
都に近づくにつれ、分かってはいたことだが、初夏ほどの暑さだ。
中暑季地帯、というところに都はあるという。
日本で言えば、6~7月くらいの温度だろうか。
1年中こんな暑さの中を人は生きているので、町の人の半分ほどはアディマのような肌をしていた。
残りの半分も、どうしても日焼けの洗礼からは逃れられないようだったが。
うう、もう結構焼けたなぁ。
自分の両の手の甲を見ながら、景子は笑った。
しかし、周囲の人がみないい肌の色をしているのだから、日本の感覚で恥ずかしがる必要はないように思える。
シミという恐ろしい敵については、もはや考えないことにするしかない。
「明日、農林府に連れて行くことになるんだが……大丈夫かのう? あんたみたいなおじょうちゃんに、役人が勤まるかぁ?」
案内してくれた初老の男が、うーんと部屋の入口で唸った。
窓の外に目を奪われていた景子は、はっと振り返る。
そんな相手に、にっこりしてこう言った。
「32です」
「へ?」
「32歳です、私」
日本は、もう秋になっただろうか。
だとしたら、景子には誕生日が来ているはず。
だから、1つ年を足したのだ。
一生、31歳と言っているのは詐欺だろうから。
アディマに白状して以来、景子にとって歳の話はウィークポイントではなくなっていたのだ。
「32……」
とても信じられん──男の顔には、そう書いてあった。
※
☆
朝!
景子は、薄暗い最中、目を覚まして飛び起きた。
着替えを済ませ、そーっと庭に出る。
初夏の地域は朝が格別だと、旅の途中で知ったのだ。
んーっと大きく伸びをして、白々と明け始める空と、目覚めようとしている植物の光を見る。
蕾を開こうとしている花を見つけ、その前に張り込んだ。
朝顔と姿は違うが、同じ要領で咲くようである。
その花が開き始めると同時に、使用人たちも起き始めた音がする。
まるで、仕事を始める合図のような花だ。
最初に庭に出てきた男に、ぎょっとされた。
昨日、彼女を部屋に案内してくれた人だ。
「おはようございます」
「月の化け物が出たかと思ったじゃねぇか……暗い内にあんまり外に出ない方がいいって、お前はおっかさんに習ってねぇのか?」
ああ、そうか。
男の言葉に、景子は納得した。
景子の世界とは違う迷信が、こっちにはあるのだ。
特に月については、よくないものばかりのようで。
ここは中暑季地帯だから、元々日照時間は長い。
その分、短い夜は余り出歩いてはいけないようだ。
彼女は、夜におびえることは少ない。
夜と言えども、景子にとっては明るい世界なのだから。
それに、ダイが守ってくれて、アディマも他の二人もいて。
恵まれた夜が多かったのだ。
「さあさあ、厨房に行って、朝飯と持っていく昼飯をもらってこい。早めに行かないと、他の連中に食われっちまうぞ」
急かされて、それは大変と景子は屋敷へと戻り始めた。
男も、一緒に後ろからついてくる。
厨房は──すでに、使用人が集まっていた。
女が3人、男が3人。
後ろの男を入れると、合計7人か。
「何だ、ボルポッサム爺の新しい女かい?」
アディマと同じ肌の色の男が、ひやかすように声を上げた。
まるで、学校の転校生のような扱いだな、と感じる一瞬。
「景子です、どうぞよろしく」
挨拶をすると、皆が少し奇妙な表情をした。
おばさんが、言った。
「短い名前だねぇ……」
まことに、そのとおりでございます。
景子は、苦笑するしかなかった。




