噂
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景子たちが都へ向かって旅立ってしまうと。
梅には、また穏やかで緩やかな時間が戻ってくる。
だが、それは前と同じ時間ではなかった。
景子に望まれた自分を、磨くための時間になったのだ。
彼女には、足りないものがまだたくさんあって。
ただ、ここにある本は全て、何百回と読んでしまった。
新しい知識が欲しい。
そんな梅の渇望を──満たす男が、来た。
夫人御用達の、行商人だ。
相変わらず、長い布を頭に縛りつけた姿で、大きな箱を下ろすのである。
夫人が、宝飾品や珍品の間を踊っている間に、梅は彼を見てにこりと微笑んだ。
「本……ですね」
箱の底から、両手で2冊ずつ本を掴み出す大きな手。
梅好みの、しぶいタイトルの並ぶ背表紙に、胸を高鳴らせる。
「ありがとう……」
ずしりと重いそれを、両手で味わう。
「それと……」
本に飛びかけた彼女の心を、行商人は引き戻した。
「おそらく……あなたに伝言を預かってきました」
彼は、不思議な表現をした。
「異国の者のようで、言葉が得意ではない若者から……」
付け足された様相に、梅はにっこりと微笑んだ。
「おそらくそれは、私の姉妹です」
「姉妹……」
行商人は、一度考え込む仕草をした後、改めて梅の顔を見る。
「テイタッドレック卿のご子息と、一緒にいたのですが」
もう一度確認するように、念を押される。
「はい、間違いありません。私の姉妹です」
そこまで言われると、更に確証を得るだけだった。
彼は──天を仰いだ。
そこにあるのは、太陽ではなく天井だというのに。
「強いご姉妹をお持ちのようで……」
参ったな。
男は、何かを思い出したように苦笑したのだった。




