表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/279

ケーコ

 遠くで、たくさんの悲鳴が聞こえる。


 それに震えながらも、景子は腕に梅を、そして目は子供ならざる者から離せないでいた。


「───」


 後ろでひとつに髪を結わえた男が、子供ならざる者に一言何か伝えると、細い剣を抜く。


 すぐ側で、彼らを守ろうというのだろう。


 しかし、その男の腕はそう太くはない。


 血なまぐさいものとは、少し遠い気も持っている。


 戦いが、そんなに得意というわけではないのだろう。


 女は、ただぜいぜいと、呼吸を繰り返すのに一生懸命だった。


 菊さん、大丈夫かな。


 景子は心配でたまらなかったが、しかし、もはや向こうの光を見ることは出来ずにいる。


 最初、見てしまったのだ。


 人の命の火が、消える一瞬を。


 老衰ではない突然の死は、炎のように一度気を燃え上がらせ、そして電気のスイッチを切るように消え失せる。


 いま菊たちの戦っている相手は、その消え失せる直前に、激しい呪いの気を吐き散らすのだ。


 そんなものに、感染したくなかった。


 目を洗うかのように、彼女は子供ならざる者を見る。


 瞳は、琥珀がかった金色。


 肌が浅黒いので、その瞳がとても映えていた。


 黒髪は、とてもとても細く長く。


 一つに編んで、首に何周も巻いてある。


「……」


 言葉を何も探せないまま、彼を見る。


 第一、言葉を探せたところで、通じないのだから。


 そこまで思って、景子はふっと思いついた。


 そうだ、と。


 言葉が通じなくても、何とか伝える方法もあるではないか。


 彼女は、片方の手を自分の胸にあてて見せた。


「け・い・こ」


 音を聞かせるように、自分の名前をゆっくりと綴る。


 子供ならざる者は、微かに首を傾げた後。


 もう一度、耳を澄ます姿勢を取った。


 意図が通じたのだ。


 景子はもう一度、自分の名前を伝える。


「……ケーコ」


 初めて、子供ならざる者は──彼女の名を呼んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ