ケーコ
☆
遠くで、たくさんの悲鳴が聞こえる。
それに震えながらも、景子は腕に梅を、そして目は子供ならざる者から離せないでいた。
「───」
後ろでひとつに髪を結わえた男が、子供ならざる者に一言何か伝えると、細い剣を抜く。
すぐ側で、彼らを守ろうというのだろう。
しかし、その男の腕はそう太くはない。
血なまぐさいものとは、少し遠い気も持っている。
戦いが、そんなに得意というわけではないのだろう。
女は、ただぜいぜいと、呼吸を繰り返すのに一生懸命だった。
菊さん、大丈夫かな。
景子は心配でたまらなかったが、しかし、もはや向こうの光を見ることは出来ずにいる。
最初、見てしまったのだ。
人の命の火が、消える一瞬を。
老衰ではない突然の死は、炎のように一度気を燃え上がらせ、そして電気のスイッチを切るように消え失せる。
いま菊たちの戦っている相手は、その消え失せる直前に、激しい呪いの気を吐き散らすのだ。
そんなものに、感染したくなかった。
目を洗うかのように、彼女は子供ならざる者を見る。
瞳は、琥珀がかった金色。
肌が浅黒いので、その瞳がとても映えていた。
黒髪は、とてもとても細く長く。
一つに編んで、首に何周も巻いてある。
「……」
言葉を何も探せないまま、彼を見る。
第一、言葉を探せたところで、通じないのだから。
そこまで思って、景子はふっと思いついた。
そうだ、と。
言葉が通じなくても、何とか伝える方法もあるではないか。
彼女は、片方の手を自分の胸にあてて見せた。
「け・い・こ」
音を聞かせるように、自分の名前をゆっくりと綴る。
子供ならざる者は、微かに首を傾げた後。
もう一度、耳を澄ます姿勢を取った。
意図が通じたのだ。
景子はもう一度、自分の名前を伝える。
「……ケーコ」
初めて、子供ならざる者は──彼女の名を呼んだ。




