幼き初恋 暗闇の傷6
迎えに来た信明に連れられて水蓮は帰宅した。そこで待ち受けていたのは鬼のように恐ろしい舞の師匠と母、木蓮による地獄の特訓だった。
「お兄様~。疲れて死にそう~」
水蓮はボロボロになった体を引きずり、信明の部屋を訪れた。
「お疲れ様。水蓮。大丈夫かい?」
そう言うと信明は自分の膝に水蓮の頭を乗せ横たわらせた。
「よく頑張ったね。水蓮」
信明は水蓮の頭を撫でながら水蓮を労った。
「しょうがないわ。お兄様。皇慈院へ行くと決めた時点でこうなることはわかっていたもの」
「いや。舞の稽古のことだけじゃなくて、皇慈院でも頑張ったろう?」
「え?」
信明の言葉に水蓮は目を真ん丸にして信明の顔を見上げた。徐々に水蓮の顔が赤くなる。
両手で顔を覆いながらポツリと言った。
「見てたの?」
「うん。見てた。頑張ったね」
水蓮に微笑みながら信明は水蓮の頭を撫で続けた。
「うん。でも、『要らない』って言われるんじゃないかって思って・・・・。怖くなって渡してすぐ逃げちゃった。だから・・・・」
「だから?」
「喜んでくれたのか、わからない」
信明の服を掴む水蓮の手に力がこもる。目にも薄っすらと涙を浮かべて。信明はそんな水蓮の背を優しくそっと撫でた。そして、水蓮が去った後の紫連の顔を思い出し、水蓮に言った。
「大丈夫だよ。きっと喜んでくれたよ」
「お兄様にどうして、そんなことがわかるの?」
「水蓮がいなくなったあと大事そうに懐に入れてるの見たから」
「それ、本当?」
とても不安なのか、信明の言葉がまだ信じられないようだ。
「本当だよ。私が水蓮に嘘を言ったことがあるかい?」
「ない」
「だろう? 大丈夫。ちゃんと水蓮の想いは伝わっているよ」
「うん。ありがとう。お兄様」
信明に礼を言うと水蓮は信明に抱きついた。
「お兄様。大好き」
信明も水蓮を抱きしめ返した。
「私も水蓮が大好きだよ」
そして、ちょうど二人が兄弟愛を確かめ合っているとき、ガラッと襖が開いた。
「私も仲間に入れてくれないかなぁ」
部屋に入ってきたのは、げっそりとした顔の父、劉嶺だった。
「どうなさったの? お父様」
水蓮が心配そうに劉嶺に問いかけた。
「いや~お母様になぁ」
「こってり絞られたと」
「まぁな。水蓮を甘やかしすぎると」
「それは、その通りですね」
信明は母、木蓮の『水蓮を甘やかしすぎている』という意見には反論の余地もないと思った。今までの父の水蓮に対する態度を思い返してみても、父が水蓮に怒っているところなど見たことがない。しかし、信明も父が水蓮をついつい甘やかしたくなる気持ちもわかる。とにかく、水蓮は可愛いのだ。容姿だけでなく、素直でいつも一生懸命で明るく一途で。
「お父様。私のせいでお母様に怒られたの?」
今も自分のせいで劉嶺が木蓮に怒られたのだとわかり、眉を八の字にして、しょんぼりしている。
『可愛い!』
劉嶺と信明は可愛すぎる水蓮の様子にやられ、水蓮を励ましにかかる。
「水蓮のせいではないよ。最終的に水蓮を皇慈院へ連れて行くと決めたのは私なのだから」
「そうだよ。水蓮。勝手に甘やかしてしまう父上がいけないんだよ」
「でも、お兄様とお父様に迷惑がかかるなんて、思ってもみなかった。ごめんなさい」
水蓮は両手をついて二人に頭を下げた。そして、今度は信明と劉嶺二人の首にかじり付き言った。
「ありがとうございました」
劉嶺と信明はお互いに顔を見合わせて微笑んだ。
『『やっぱり、可愛い』』
どうやら親馬鹿、兄馬鹿という名の病気は今後も治る見込みはなさそうだ。