幼き初恋 暗闇の傷5
少し冷たい風が水蓮の頬をなでる。空を見上げると白い雲がたなびいている。
「きれい」
空を見上げながらそういうと紫連も空を見上げた。水蓮はそんな紫連を横目でちらりと見る。一瞬紫連の口元が緩んだように見えた。
『笑った?』
もしかしたら、笑ったように見えただけかもしれない。でも、自分の隣で紫連が笑ってくれたと考えるだけで、沈んでいた水蓮の心は一気に浮上した。そして思い出した。今日は何のために、ここに来たのか。何故紫連に会いに来たのか。
『よし。頑張る』
気合を入れなおし、紫連の隣に座りなおした。当然、地べただ。
「お嬢様。服が汚れます」
「別にいいの。今だけは紫連がいる所から物を見たいの」
「・・・・・・・」
紫連は無言で水蓮から遠ざかろうとする。それを、水蓮が袖を引っ張って引きとめた。
「今だけで良いからお願い」
「・・・・・」
紫連は何も言わない。いつも、そうだ。水蓮が何かしても良いとも悪いとも言わない。ただ決まって水蓮が紫連の方へ一歩踏み込むと必ず一歩退こうとするのだ。初めて会った時から変わらない。水蓮は紫連に近づきたいと思っても紫連が近づかせてくれない。紫連が身を引く度に悲しくなる。でも紫連の笑った顔が見たいから、笑ってる紫連の隣にいたいから、その一念で今日まで頑張ってきた。
『今までの努力を無駄にする気? 頑張れ私』
落ち込みそうになる自分を励まし、水蓮は目的を果たす決心をした。
「あの、紫連」
水蓮が紫連に呼びかけると紫連も水蓮の方を向いた。紫連の顔を見ると、どうしても赤くなってしまう。
『何も言わなかったら、さっきと同じになっちゃう。紫連もまたどっかに行っちゃう。頑張れ』
心の中で自分に叱咤激励し、顔を上げ一気に言った。
「紫連、誕生日おめでとう。これ、紫連にあげる。私が作ったお守りなの。それだけ。じゃあ」
それだけ言うと持っていた首飾りを紫連に押し付け、物凄い勢いで駆けていった。紫連は風のように去っていった水蓮の後ろ姿を見送った後、水蓮が置いていった首飾りに視線を移す。その首飾りは硬貨程の大きさで板には五芒星が彫られている。五芒星は邪気を祓う魔よけの札によく見られる模様だ。その模様に込められた水蓮の思いを感じ紫連は微笑んだ。決して他人の前では見せることのない満面の笑みを。
その時、木陰からポキッと枝が折れる音がした。
「誰だ!」
瞬時に顔から笑みを消し、水蓮から貰ったお守りを素早く懐にしまうと、ゆっくり立ち上がり相手が出てくるのを待った。
「いや~すまない。覗くつもりはなかったんだけどね」
すると木陰から頭をポリポリとかきながら、人の良さそうな顔をした若者が出てきた。
「信明様」
そこには、なんと水蓮の兄、劉信明が立っていた。