幼き初恋 暗闇の傷4
一方水蓮の方はと云うと、井戸がある中庭に到着していた。
そこには一心不乱に水を汲み上げている十三歳くらいの男の子がいた。水蓮は一回深呼吸すると意を決し近づいていった。心臓がドキドキする。顔も火照ってきたようだ。
「しっ紫連。」
紫連がこちらに気づいた。声が唇が震える。
「あっあの。あのね。元気にしてた?」
「はい」
「いい今、なな何をしているの?」
「水汲みを」
「そっ・・・そう。大変そうだね」
「いえ」
「てっ手伝おうか?」
「大丈夫です」
水蓮は真っ赤になりながら問いかけ、紫連は終始無表情な顔で答えている。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
会話が終わってしまい、沈黙が続く。
「私に何か御用ですか?」
今度は紫連が問いかけた。そして、じっと水蓮をみつめる。
「えっと。その・・・。あの・・・」
紫連の視線を感じ、水蓮は恥ずかしくなって俯いてしまった。
顔を上げられない。頭が真っ白になって言葉が出ない。
「なければ、水汲みが途中なので失礼します」
そういうと紫連は一礼し、水桶を持って立ち去ろうとした。
「あっ」
『待って』と言いたいのに声が出ない。紫連が行ってしまう。そう思ったとき水蓮の味方がのんびり現れた。
「ふぁ~。紫連。それで最後だってよ」
大あくびをしながら一人の少年がやってきた。少年は水桶を持って立っている紫連の後ろに水蓮の姿を発見し、にやにや笑いながら紫連の手から水桶をかっさらった。
「何をするんだ。青笙」
これもまた無表情な顔で言った。そして青笙と呼ばれた少年はというと、いたずら小僧のような顔をして答えた。
「俺が持っていってやるよ。紫連はお嬢とそこにでも座って休憩してな」
青笙が『そこ』と言って指差した場所にはちょうど二人腰掛けられるような大きな石が置かれていた。
「じゃ、お嬢。また後で。紫連、お嬢を頼むぞ」
「・・・・わかった」
「青笙、ありがとう」
水蓮がお礼を言うと、青笙は『頑張れ』と言うかのように軽く手を振り奥へと消えていった。青笙がくれた機会を逃してはいけない。そう思った水蓮は勇気を振り絞って、紫連の袖を引っ張った。
「せっせっかくだし・・・座らない?」
「・・・・・・」
視線は水蓮にそそがれているが紫連は何も答えない。待っている水蓮の心臓は爆発しそうなぐらい高鳴った。緊張して袖を掴んでる手も微かに震える。しばらくして、その手を紫連がそっと掴んで、自分の袖から外した。
『断られた』
そう思った瞬間、水蓮の目から涙がでてきた。すると、軽く頭を撫でられた。
びっくりして顔を上げると、目の前にはすっと差し出された紫連の手がある。わけが分からなかったが、水蓮は差し出された紫連の手のひらの上に自分の手をそっと置いた。そして、そのまま指を掴まれ、石がある所までいざなわれると、石の上に座らされた。
紫連はというと水蓮の手を離すと水蓮の座っている石を背もたれにして地面に座る。それを見た水蓮はうれしさ半分、悲しさ半分のとても複雑な気持ちになった。紫連は優しい。でも、分をわきまえ、水蓮と一定の距離を保ち、紫連は決して身分という枠を越えてこようとしない。こんなに近くいるのに紫連の心は遠い。
水蓮の口から『はぁ~』とため息がでた。
「お疲れですか?」
水蓮のため息が聞こえたのか紫連が聞いてきた。
「ううん。大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」