幼き初恋 暗闇の傷22
『士慶様。まさか・・・・』
琥珀がゴクッと唾を飲み込むのと同時に士慶はフッと口の端を吊り上げ言った。
「どうしようかなぁ」
琥珀は何も言えなかった。笑ってはいるが目は獲物を狙う獣のように鋭い光を放っている。
しばらくすると士慶は肩をすくめ、いつもの軽い調子の男に戻った。
「まぁ、無理強いをするつもりはないから、それは、安心しろ」
おちゃらけているが、士慶は、誠実な人間で人の気持ちを踏みにじるような行為はしない。
そこは安心だが、欲しいもののためならいろんな策略を張り巡らす策謀家という矛盾した一面もある。そんな士慶が水蓮にちょっかいをかけつづけるのかと思うとかなり不安だ。
これから何が起こるのやらと琥珀はため息をついた。
その時…。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!』
耳をつんざかんばかりの悲鳴が琥珀の脳裏に木霊した。
「何?」
琥珀は驚き辺りを見渡す。すると目の前に、居るはずの無い水蓮の姿が現れた。水蓮の周りはすべて赤一色。そこは、おびただしいほどの血に染まっていた。その血だまりの中に水蓮がいた。大量の返り血を浴び赤く染まった自分の両手を見つめ何か叫んでいる。
頭がガンガンし、割れそうなほど痛い。
「水蓮!」
琥珀は痛む頭を押さえながら立ち上がり、もう一度水蓮を呼ぶ。
「水蓮!」
すると、今まで下を向いていた水蓮がふとこちらを向いた。
大粒の涙をこぼしながら琥珀に向かって訴える。
『・・・・たすけて』
「っ水蓮ーーーーーー!」
今度は宴の席に琥珀の絶叫が木霊する。
「琥珀! どうした。琥珀!」
士慶が琥珀の腕を掴み揺する。水蓮の姿はいつの間にか掻き消えていた。
ガタガタと震えたまま琥珀は士慶に言う。
「今すぐ、水蓮の屋敷に兵士を派遣してください」
「突然、何を・・・・」
琥珀のただならぬ様子を気にしつつ、突然の寝耳に水な言動に士慶は戸惑いを隠せないでいた。
「士慶様。お願い! 水蓮が助けを呼んでいる。わたしには分かるの。早く、早く、行かないと。士慶様! お願い!」
士慶の腕に取りすがり泣く琥珀。琥珀と士慶の周りには、琥珀の声を耳にした貴族達が何事かと集まってくる。その中に劉嶺と信明もいた。
「琥珀様!」
琥珀は劉嶺を見ると、今度は劉嶺にしがみつき訴えた。
「嶺伯父様! 早くお屋敷にお戻りになって! 水蓮が泣いてるの。助けを呼んでるの。お願い。水蓮をたすけてあげて」
「それは・・・・」
琥珀から告げられた愛娘の危機に劉嶺は戸惑いを隠せないでいる。
「琥珀。一体どういうことなんだ。説明してくれ」
信明は膝をつき琥珀の目を見ながら、詳しく説明するように促した。
すると、背後の扉から一人の下官が、入ってきた。かなり慌てている。
まっすぐ、劉嶺のほうへ向かってくる。
「劉嶺様!」
男は叫ぶと劉嶺の前で跪き、劉嶺に報告した。
「今、劉嶺様のお屋敷近くに住む民から知らせが・・・・」
「何かあったのか!」
いつも穏やかな劉嶺がするとは思えないほど乱暴な仕草で、跪いている下官の肩を掴むと、早く言えとばかりに激しく揺さぶった。さきほどの琥珀の不吉な言葉と屋敷からの突然の知らせ。下官の慌てぶりから良くない知らせだとわかる。
『嫌な予感がする。だが、どうかこの予感だけは、はずれていてくれ』
下官は劉嶺の勢いに呑まれオドオドしながら重い口を開いた。
「・・・・・・劉嶺様のお屋敷に賊が侵入したそうです。・・・・」
劉嶺の腕から一気に力が抜けた。