幼き初恋 暗闇の傷21
―宴―
紫連と青笙に見送られ、水蓮が木蓮と劉嶺宅へと戻った頃、宮城では新年の宴が催されていた。皇国中の食材をふんだんに使った彩りも鮮やかな料理の数々。宮妓たちによる艶やかな歌舞音曲と城に招かれた旅芸人の曲芸。どれをとっても素晴らしい。楽しいはずの宴なのに琥珀の心は、ちっとも弾まなかった。その原因は、隣に空いている一つの席。本来ならば、そこに水蓮が座るはずだった。
『水蓮。大丈夫かしら』
心配で食が進まない。
「琥珀?気分でも悪いのか?」
水蓮の席を一つ先に飛ばしたところに座る背の高い少年が琥珀に話しかけてきた。
「いえ。ちょっと考え事をしていただけです。士慶様」
彼の名前は劉士慶。年は兄劉瑛と同じ十四歳。十四歳にしては背が高く見目麗しい甘い顔立ちをしている。しかし、彼の笑顔はいつも、口の端を持ち上げるだけで、ちょっと悪そうな感じがするが、士慶の母が現皇王の同母妹という正真正銘、王族の一人にして琥珀の従兄にあたるのだ。水蓮たち以外の王族とは、ほとんど話したこともない琥珀だが、宴の席で毎回隣同士になることが多く士慶とは、いろいろなことをよく話す間柄だった。士慶は王族だが、かなり気さくな性格で、身分というものに、あまり頓着しないし、気にも留めない。だから、個人的な会話の時は琥珀に対して一切気をつかわないので、琥珀も公主としてではなく従妹として話せる貴重な存在だ。
「考え事とは、お友達の『水蓮ちゃん』のことか?」
「え?」
琥珀は士慶の顔を見返した。士慶は顎に手をやり、口元に不敵な笑みを浮かべていた。嫌な予感がする。
「・・・・士慶様、・・・水蓮のことご存知なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。士慶は、前を向き宮妓たちの舞を見ながら、楽しそうに答えた。
「名前だけはな。劉嶺様のご息女は天使のように可愛らしいって評判だ。実際に見たのは、今日の奉納舞が初めてだが」
「それで、水蓮を見て、どう思いました?」
「舞を見たときは、将来どんな女性になるか楽しみだって思った」
「そうですか」
『その程度なら問題ない』と琥珀はホッと胸を撫で下ろした。しかし、次の瞬間、士慶は琥珀の心に爆弾を落とした。
「けどな。今日、偶然城門前で見かけたんだ。具合が悪そうでフラフラしてたから、木陰に連れてって甲斐甲斐しーく世話を焼いた。すると、俺に対してあまりにも無防備で警戒心無く可愛い笑顔を見せるから、つい・・・・」
「ええ!」
士慶の言葉を途中で遮り、琥珀にしては珍しく大声を出してしまった。しかし、周りもみんな叫んだりしていて賑やかだったので、琥珀の声に気づく者は誰も居なかった。琥珀は水蓮の席に座りなおし、士慶に詰め寄る。
「士慶様。水蓮に手を出したんですかっ」
そういうと、士慶を睨みつけ普段の琥珀では考えられないほど低い声で士慶に問いかける。
というのも士慶は弱冠十四歳という若さで皇国一の『女たらし』という異名をとるほどの女好き。しかも、その対象範囲は熟女から幼女までという幅広さ。紫連一筋の水蓮とはいえ女性関係には天性の才能を持つ士慶にかかればどうなるか。
『返答によっては、ただじゃおかない』
琥珀から、そんな不穏な雰囲気がかもし出される。
士慶はフッと笑うと、琥珀を見つめ返し、言った。
「すごく可愛くて、思わずギュウッと抱きしめそうになったんだが、邪魔が入ってお預けを食らった」
それを聞いた琥珀は安堵したが、『いつまた水蓮にちょっかいを出すか分からないわ。ここで、釘をちゃんと刺しておかないと』と思い士慶に水蓮の恋愛事情を話した。
「士慶様。水蓮にちょっかいを出そうとしても無駄です。水蓮には好きな人がいますから」
「知ってる」
「え?」
「水蓮ちゃんの好きな奴だろ? 確か紫連とか言ったかな」
と軽い調子で士慶は答えた。対する琥珀は目を見開き驚いた様子。
「紫連にお会いしたのですか?」
「俺の邪魔をしたやつが、そいつ。そいつが現れた瞬間、水蓮ちゃんは俺の存在なんか思いっきり無視だったなぁ」
琥珀は頭の中で士慶を無視する水蓮を想像し、クスッと笑った。実に水蓮らしい。心配する必要などなかったのだ。
水蓮の視線の先には紫連しかいない。今までも、そして、これからも。
「水蓮を振り向かせるのは至難の業。諦めてください。士慶様」
すると、士慶の表情が一変する。いつも軽佻浮薄な感じの士慶しか知らない琥珀はハッとする。
士慶はとても真剣な目で琥珀を見ていた。