幼き初恋 暗闇の傷20
ここは、宮城近くの茶屋の一室。紫連に連れられ水蓮はやってきた。そうとう体が疲れていたのか、ここへ着いた途端、熱が上がり寝込んでしまった。一緒に来た青笙は木蓮に知らせるため、席を外している。紫連と二人っきりの部屋は変わらず重苦しい雰囲気に包まれていた。紫連は黙々と水蓮の世話をする。額に当てている手巾が温くなれば冷たい手巾と交換する。水蓮が水を飲みたそうにしていると、黙って水差しを口に当てて飲ましてくれる。でも、水蓮と目を合わすことはない。
『どうして?』
水蓮は、紫連の態度と熱のダブル攻撃にまいって両手で顔を覆い泣き出してしまった。
「えぐっえぐっひっく。紫連、わたし紫連に何かした?したなら・・・ひっく・・謝るから、赦して。グスン」
「・・・お嬢様・・・・」
突然泣き出した水蓮に紫連はとまどい、俯く。しばらく、そのままの状態が続いたが、紫連は意を決して水蓮の方へと向き直った。顔を覆っている両手の隙間から涙が零れ落ちていく。泣いて謝る水蓮を見て、紫連は申し訳ないと思ったのか水蓮に、にじり寄り、顔を覆っていた水蓮の手をどけて顔を覗き込んだ。紫連の眉間には、しわがより、どこか痛そうな顔をしている。
「すみません。謝るのは私の方です」
「え?」
水蓮は涙で濡れた瞳で紫連を見つめ返す。その瞳を見つめながら、紫連は自分の心と向き合う。
あの時、水蓮に寄り添う見知らぬ男を見た瞬間自分の心に灯った火。あれは、まぎれもなく嫉妬という名の炎だった。その感情に振り回され、水蓮にはひどい態度をとってしまった。見た目は相変わらずの鉄面皮だが、心の中では深ーく反省している紫連に水蓮は問う。
「もう紫連、怒ってない?」
紫連がまとっていた重苦しい張り詰めた雰囲気が少しやわらぐ。
「はい」
「よかったー」
紫連の答えを聞いてホッとしたのか満面の笑みを浮かべると、あっという間に水蓮は眠りの世界へいざなわれた。ちょっと苦しそうな水蓮の寝顔を見つめ、紫連はギュッと自分の胸元を握りしめた。手の中には、首にかけられた五芒星のお守り。
「お嬢様」
布団の上に置かれた水蓮の小さな手を握ると紫連は苦しそうな表情で、ぽつりと呟いた。
「好きです」
意識のない水蓮に告げる真実の心。それから紫連は、数分後青笙と木蓮がやってくるまでの間水蓮の手を握り続けていた。どうしようもない思いを抱えながら。