幼き初恋 暗闇の傷19
「お嬢様っ!」
水蓮の耳に紫連の声が届く。声の方を向くと紫連がいた。
「紫連!」
水蓮は立ち上がると、紫連のいる方へ走り出そうとした。しかし。
グラッ
体の調子が悪いのに急に立ち上がったせいで、立ちくらみを起こした。
「大丈夫か?無茶すんな」
水蓮とずっと一緒にいた少年が水蓮の体を咄嗟に支えた。
「お嬢様っ!」
さっきの声よりも更に大きな声で紫連が水蓮を呼び、こちらへ駆けてきた。
「紫連」
水蓮が紫連に手を伸ばすと、紫連は迷わずその手を取り、自分の胸へと抱きとめた。
『えっ?』
いつもの紫連らしからぬ行動に水蓮は驚いた。それに、紫連から何かどす黒いものを感じる。
『えっ? もしかしなくても、物凄く怒ってる?』
紫連は水蓮の体を少し離すと、怒りに燃えた瞳で水蓮を見る。
「お嬢様」
「はい」
さっきまで、火照っていた体は紫連の絶対零度の怒りに触れ鳥肌が立っていた。かなりの悪寒がする。
「この男は一体なんですか」
と明らかに紫連より年上の相手にビシッと指を突きつけた。
「何?って、唯の通りすがりの親切なお兄さん」
「・・・・・・・・」
「外に出たら気分が悪くなって、それで、お水を持ってきてくれたり、汗をふいてく・・れ・・・た…り・・・・・・」
水蓮は事実を言っているだけなのだが、説明すればするほど周りの温度が冷えていくのはなぜだろう。やましいことは何もないので、紫連の目を真っ直ぐ見て話していたが、紫連の双眸があまりにも恐くて、どんどん俯き加減になっていく。
そこへ、それまで、傍観していた『親切なお兄さん』が紫連と水蓮の間に割って入った。
「おい。おまえ。おまえが、この子の何なのか、しらないが、さっきまで辛そうにフラフラしてたんだ。こんなふうに立ったままでいたら、また気分が悪くなっちまう。説教する前にこの子が安心して休める場所に連れて行ってやれよ」
もっともな意見だがこの男に言われると腹が立つ。紫連は無言で水蓮の手を握ると、きびすを返して、遠ざかっていった。水蓮は紫連に手を握られたまま振り返り、お兄さんに、お礼を述べた。
「ありがとう。おにいさん」
お兄さんは、ニヤッと笑い手を振って水蓮を見送った。
「また、会おうぜ。水蓮ちゃん」
遠くの水蓮には聞こえるはずもないが、お兄さんはそう呟くと、城の中へと消えていったのだった。