幼き初恋 暗闇の傷14
舞台裏の控え室に移動した水蓮と琥珀は舞の衣装を脱いでいた。水蓮はまだグシュグシュと鼻をすすっている。
「ほら、水蓮泣き止んで。これ以上泣いたら、目が溶けちゃう」
「うぅ~」
水蓮もいい加減、涙を止めたかったが、紫連を見た瞬間、今まで張り詰めていたものが一気に緩み、涙となって流れ出て、どうやって止めたらいいか分からなくなってしまったのだ。
「ほらほら。目が腫れて、可愛い顔が台無し。紫連にこんな不細工な顔を見せるつもり?」
琥珀の容赦のない一言が水蓮の心にグサッと突き刺さる。
「そっそんなに、不細工?」
「舞台の上で舞を披露した女の子と同一人物とは思えないほどの『ブス』顔よ」
あまりにも、はっきり言われたので水蓮はびっくり、そして叫んだ。
「いやーーー!」
「そこに、冷水が入ったお盆があるから、それで顔を洗ってしばらく瞼を冷やしましょう。そうすれば、少しはマシになるはず」
いつまで経っても引っ込まなかった涙は、あっという間にどこかへ飛んでいき、水蓮は琥珀の指示に従って支度を整えた。
「琥珀。大丈夫? 変なとこ、ない?」
「うん。大丈夫。あっと忘れ物」
そう言うと琥珀は結いなおした水蓮の髪に山茶花の花簪を挿した。
「これ」
水蓮はそっと、簪に手をやる。
「勇気がでるおまじない。頑張って水蓮」
琥珀に背中をポンッと押された水蓮は早足で駆けていった。
「ありがとう。琥珀」
「夕刻の宴までには戻ってね」
「わかったー」
さっき泣いていたのが嘘のように満面の笑みで、水蓮は愛しい人のもとへ旅立っていく。
そんな水蓮の後姿を見送り、琥珀は部屋へと戻ろうとした。
「お疲れ様。琥珀」
後ろから声をかけられる。
「信明お兄様」
「琥珀たちに労いの言葉をかけに来たんだけど、水蓮は?」
琥珀は水蓮の顔を思い出しクスクスと笑った。
「恋しい愛しの『紫の君』のもとへ飛んできました」
それを聞いた信明は少し複雑な顔をすると、琥珀を部屋の中へと促した。
「ああ。・・・・残念だな」
琥珀はまたもや、クスクスと笑う。
「寂しいですか? 水蓮を盗られて」
信明も苦笑いをしながら答えた。
「う~ん。そうだね。ちょっと寂しいね。それに、悔しいな。私より紫連を優先されると」
「水蓮の幸せのためです。その代わり、私が信明お兄様のお相手を致しますわ。今は私で我慢してください」
そういうと、琥珀は自らお茶を二人分入れ始めた。
「じゃあ、傷心の私を琥珀が慰めてくれるのかい?」
「努力いたします」
「それは、楽しみだ」
琥珀と信明はお互いにっこり微笑み合いながらお茶を飲み始めた。