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第7話 それでも浮いてろ

 グラントが来たのは夜明け前だった。


 3隻だった。軽魔導巡艦イーグルポイント型を中心に、左右に1隻ずつ。今までと違う配置だ。包囲の形だった。逃げ場を塞ぎながら近づいてくる。前回の岩礁帯への逃げ込みを研究した動きだと、見てわかった。


 川端が艦橋に立っていた。海図を見ていた。


 「包囲されます」と柴田が言った。「マナリーフへの針路も塞がれています」


 「距離は?」


 「8000。縮まっています」


 堂島は海図を見た。マナリーフは塞がれた。岩礁帯も今の配置では使えない。港は遠い。逃げ場がない。


 「戦う」と川端は言った。誰にでもなく言った。


 最初の砲撃が来た。



 3方向から来た。


 左舷から1発、右舷から1発、正面から連続2発。蒼嵐は回避機動を取ったが、3方向を同時には避けられない。右舷への2発目が命中した。続いて左舷への1発が命中した。


 2発同時被弾。


 艦橋の床が2度跳ねた。堂島は柱に手をついた。傾斜計の針が激しく動いた。30度、35度。川端が叫んだ。「浸水報告」


 「右舷第1・第2区画、左舷第3区画、同時浸水。炉心室への経路、複数開きかけています」


 3箇所同時。今まで最多だ。


 堂島は走った。



 通路を走りながら頭の中で計算した。


 3箇所の浸水を同時に処理する人手がない。大沼の班は8人。3箇所に分ければ1箇所あたり2〜3人。少ない。溶接は時間がかかる。パッチで仮止めしながら順番に回るしかない。


 しかし順番に回っている時間があるかどうか。


 艦底から振動が来た。3発目が命中した音だった。


 傾斜が増した。40度に近い。


 「浸水率、62%」と三島の声が通話管から来た。三島が数字を言うのは初めてだった。


 62%。排水ポンプが限界に近い。


 大沼が通路の角に立っていた。工具袋を持っていた。班員が後ろに6人いた。


 「3箇所同時です」と堂島は言った。「人手が足りません」


 「わかってる」と大沼は言った。「どこから先にやる」


 「炉心室に近い順。右舷第2、左舷第3、右舷第1の順で」


 「俺は右舷第2に行く。お前は?」


 「全部回ります」


 大沼が頷いた。班員を2人ずつに割った。堂島は走った。



 右舷第2区画は膝まで水があった。


 裂け目は艦首側の壁、幅30センチ。パッチが効く形だった。班員2人がすでに作業を始めていた。


 「あと何分かかりますか?」と堂島は聞いた。


 「5分です」と班員が言った。


 「3分でやってください」


 次の区画に走った。


 左舷第3区画は腰まで水があった。裂け目が2箇所。鋼板の変形がひどい。パッチが効かない形だった。


 班員2人が立っていた。「パッチが密着しません」


 「防水布を詰めてください。完全には塞がらなくていいです。速度を落とせれば問題ないです」


 「排水が追いつきません」


 「ポンプを増設できますか?」


 「予備ポンプが1台あります」


 「繋いでください」


 走った。


 右舷第1区画は水がなかった。浸水がまだ始まっていない。壁を触った。じわじわと湿っている。亀裂が内部にあって、まだ表面まで達していない。


 時間がある。後回しにした。



 「浸水率、74%」と三島の声が来た。


 上がっている。3箇所を処理しても、処理しきれていない。排水ポンプが追いつかない。


 堂島は艦橋に戻った。


 「このままでは沈みます」と堂島は言った。川端に向かって言った。「人手が足りません」


 川端が堂島を見た。


 「全員を使います」と堂島は言った。「砲術班も、航海班も、機関班以外の全員を浸水区画に入れます。専門の作業はできません。しかし水を掻き出すことはできます。バケツでもいい。排水の速度を上げなければなりません」


 川端は2秒、堂島を見た。


 「全員、第3・第4ブロックに集合」と川端は艦内通話に向かって言った。「堂島の指示に従え」



 乗組員が集まった。


 砲術班の荒木が来た。航海班の柴田が来た。医務兵の野口が来た。朝霧が来た。汐が来た。川端以外の全員が来た。


 「バケツと手桶を持てる人は持ってください」と堂島は言った。「排水ポンプの排水口の近くで水を掻き出します。ポンプが吸いやすくします。それだけです」


 誰も何も言わなかった。動いた。


 浸水区画に人が入った。バケツが動いた。手桶が動いた。水を掻いて、排水口に流す。1人あたりの効果は小さい。しかし全員でやれば違う。


 「浸水率、78%」と三島の声が来た。


 上がり続けている。しかし速度が落ちた。


 堂島は左舷第3区画の防水布を押さえながら、人の動きを見ていた。荒木が無言でバケツを動かしていた。柴田が水深を計りながら動いていた。野口が怪我をした班員の手当てをしながら動いていた。汐が大沼の横で溶接の補助をしていた。朝霧が何かを考えながら立っていた。


 「朝霧さん」と堂島は言った。


 「氷壁を張れる場所を探しています」と朝霧は言った。「左舷第3区画の裂け目、2箇所とも張れます。3分ずつ、交互に張ります」


 「やってください」


 朝霧が動いた。


 「浸水率、80%」


 「81%」


 「82%」


 そこで止まった。



 82%で止まった。


 上がらなくなった。排水が浸水に追いついた。完全に止めてはいない。しかし上がらない。


 「このまま維持できるか?」と川端の声が通話管から来た。


 「わかりません」と堂島は返した。「なんとか、維持してみます」


 グラントの砲撃が止んでいた。


 なぜ止んだのかわからなかった。後で柴田から聞いた話では、3隻のうちの1隻が機関トラブルを起こして戦線を離脱し、残る2隻が陣形を建て直すために一時後退したのだという。10分の猶予だった。


 10分で、浸水率が82%から71%に下がった。


 全員の手が止まらなかったからだ。



 10分後、砲撃が再開した。


 しかし蒼嵐は動いていた。71%まで下げた浸水率を維持しながら、柴田が港への針路を取っていた。グラントの3隻が追いかけてきた。夕暮れが来て、霧が出てきた。


 「マナリーフの縁です」と柴田が言った。「霧が濃い。入りますか?」


 「入れ」と川端が言った。


 蒼嵐は霧の中に入った。グラントは止まった。前回と同じ判断だった。霧の中に入った蒼嵐を追う理由が、グラントにはない。少なくとも今夜は。


 港に戻ったのは深夜だった。



 修理は翌日から始まった。


 堂島は艦底の点検から始めた。3箇所の浸水区画を順番に回った。仮止めのパッチを確認した。防水布の状態を確認した。予備ポンプの排水量を確認した。


 朝霧の氷壁の跡が左舷第3区画の壁に残っていた。氷が溶けた後に残る結露の跡だ。薄い水の膜が壁を覆っていた。


 汐が隣にいた。結露の跡を見ていた。


 「次は私が張れるようになりますか?」と汐は言った。


 「氷壁ですか?」


 「そうじゃなくて」と汐は言った。「次に82%になったとき、今日みたいに止められるようになりますか?」


 堂島は壁の結露の跡を見た。


 「82%で止めたなら、次は80%で止めてください」と堂島は言った。


 汐は頷いた。結露の跡を手で触れた。冷たい。



 夜、鋼花がいた。


 艦底区画の近くの通路だった。いつもより遠い場所に立っていた。壁から少し離れて、立っていた。白い服の輪郭が、わずかに揺れていた。揺れているというより、定まっていない。堂島は立ち止まった。


 鋼花の白い服が、今夜は白ではなかった。灰色に近い。


 「大丈夫ですか?」と堂島は言った。


 鋼花は堂島を見た。しばらく堂島を見ていた。


 「……痛かった」と鋼花は言った。


 堂島は答えなかった。


 鋼花も何も言わなかった。


 輪郭がまだ揺れていた。堂島は壁に手を当てた。鋼材の感触が伝わってくる。鋼花はそれを見ていた。何も言わなかった。堂島も何も言わなかった。


 しばらく、2人がそこにいた。


 沈黙が痛くなかった。



 鋼花が消えた後、堂島は艦底区画の扉を開けた。


 点検をした。パッチを確認した。ボルトを押した。排水ポンプの音を聞いた。右舷第1区画の内部亀裂の進行を確認した。まだ表面まで達していない。本修理は港でやる。


 全部、いつも通りだった。


 点検記録を書きながら、今日の浸水率の推移を書いた。62%、74%、80%、81%、82%、71%。数字の並びを見た。82%で止まった。止めた。


 この艦はまだ浮いている。


 それだけが、今わかっていることだった。


 翌朝、橘大佐から通信が来た。川端が受け取った。川端は内容を読んで、堂島を呼んだ。


 「中央からの命令だ」と川端は言った。封書を机に置いた。開封済みだった。「読め」


 堂島は封書を取った。読んだ。


 廃艦命令だった。

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