第6話 バイパス
グレイヘイブンに戻って2日目の朝、荒木が艦橋に来た。
「主砲エーテル回路、完全に断線しました」と荒木は言った。「昨日から出力が落ちていましたが、今朝の点検で確認しました。主砲は使えません」
川端が荒木を見た。「原因は?」
「マナリーフの干渉か、あるいは以前の戦闘の損傷が遅れて出たか。どちらかです。断線箇所の特定はできています」
「どこですか?」と堂島は聞いた。
「第2砲塔の配管内部です。主砲架台の奥、直径20センチの配管の中を通っている回路が切れています」
「直径20センチ」
「人間は入れません。腕だけなら入りますが、断線箇所まで届きません」
堂島は頭の中で配管の図を引いた。第2砲塔の架台。配管の直径20センチ。断線箇所までの距離。腕だけでは届かない。体ごと入る必要がある。
「汐さんを呼んでください」と堂島は言った。
汐が来た。
堂島は配管の図を紙に書いて見せた。「ここに入れますか?」
汐は図を見た。「直径20センチ」
「肩幅が問題になります。測ってもいいですか?」
汐は頷いた。堂島はメジャーを当てた。汐の肩幅は17センチだった。
「入れます」と堂島は言った。
「入れます」と汐も言った。
「断線箇所でバイパスを繋ぐ必要があります。配管の中で工具を使う作業です。暗い。狭い。時間がかかります」
「やったことがない作業ですか?」
「バイパスの繋ぎ方は教えます。配管の中でやるのは初めてになります」
汐は図を見たまま少し黙っていた。「覚えます」と汐は言った。「やり方を教えてください」
午前中いっぱい、堂島は汐にバイパスの繋ぎ方を教えた。
断線した回路の両端に新しい導線を接続する。接続部分をエーテル絶縁材で覆う。順番は決まっている。手順を間違えると回路が焼ける。配管の外のテスト用回路で3回練習させた。
「接続部分を覆うとき、絶縁材が余ると詰まります」と堂島は言った。「余分な部分は切ってから入れてください」
「狭いと切りにくいですか?」
「はい。だから外で切ってから入れます。長さを測って切る」
汐はメジャーで絶縁材の長さを測り、切り、接続部に当てた。「これでいいですか?」
「それでいいです」
汐は3回目の練習で、手順を間違えなかった。時間は最初の3倍かかった。「もう1回やります」と汐は言って、4回目を始めた。
大沼が横で工具の準備をしながら見ていた。何も言わなかった。
午後、作業を始めた。
第2砲塔の架台を外した。配管の入口が現れた。直径20センチ。暗い穴だ。懐中電灯を配管の中に差し込んだ。断線箇所まで1メートル半。
「工具は腰に巻いてください」と堂島は言った。「両手を使えるように」
汐は工具袋を腰に巻いた。絶縁材を指定の長さに切って、ポケットに入れた。導線を手首に巻いた。
「入ったら声を出し続けてください」と堂島は言った。「返事がなければ引き出します」
「わかりました」
「怖いですか?」
汐は少し間を置いた。「怖いです」
「外で練習したのと同じ手順です。順番を変えなければ焼けません」
汐は頷いて、配管に入った。
外から声が届かなくなった。
配管の入口から汐の足だけが見えていた。足がゆっくりと奥へ進んでいく。大沼が入口の横にしゃがんで、通話用の細いチューブを口に当てていた。配管の中に声を送る道具だ。
「断線箇所まであと30センチ」と大沼は言った。「右に曲がっているから体を左に傾けろ」
くぐもった返事が来た。
堂島は入口の横に立って、汐の足を見ていた。足は止まっていない。止まっているように見えて、少しずつ動いている。配管の中で体の向きを変えているのだとわかった。
「導線の端の皮膜を剥け。剥いたら断線部の左端に巻く。2回だ。1回じゃ抜ける」
金属がこすれる音が来た。しばらく静かになった。
堂島は汐の足を見ていた。足の先がわずかに緊張していた。靴の先が配管の壁を少し押していた。体全体に力が入っているのが足の先まで伝わっていた。
「絶縁材を被せろ。ゆっくりでいい。急ぐな」
また静かになった。
「できたか?」と大沼が言った。
返事が来た。
「じゃあ右端も同じ手順でやれ」
また金属の音が来た。今度は最初より速かった。
30分後、汐が配管から出てきた。
顔が赤かった。狭い空間で体温が上がったのだろう。頭から肩にかけて油が付いていた。配管の壁面の油だ。
「できました」と汐は言った。息が上がっていた。
荒木がエーテル回路のテスターを当てた。針が動いた。
「通電しています」と荒木は言った。「主砲、回復しました」
川端が荒木を見た。荒木が頷いた。
汐は配管の入口を見ていた。また入ることになるかもしれないと思っているような目だった。
大沼が汐の肩を一度だけ叩いた。それだけだった。それから堂島を見た。
「俺たちが」と大沼は言った。それから少し間を置いた。「戦いの主役だ。この艦の」
煙草の欠片を噛んだ。それ以上は言わなかった。
夜、堂島は主砲架台の復旧作業の最終確認をしていた。
荒木が横に来た。「1つ確認していいですか」
「何ですか?」
「バイパスの接続を確認したとき、接続部の周囲に微量のマナ反応がありました」
堂島は手を止めた。「マナ?」
「エーテル回路にマナ反応が出ることは通常ありません。汐さんの手が触れた部分に集中していました」
「汐さんが触れた部分に」
「はい。計測誤差の可能性もあります。ただ報告しておいた方がいいと思いました」
堂島は接続部を見た。絶縁材で覆われた導線の接続部。汐の手が巻いた部分。何も見えない。しかし荒木の計測器が反応した。
「記録しておいてください」と堂島は言った。「今は原因がわかりません」
荒木は頷いて戻っていった。
堂島は接続部をもう一度見た。マナ反応。エーテル回路に出るはずのないものが出た。汐の手が触れた場所に。
わからなかった。わからないまま、記録した。
鋼花がいた。
主砲架台の近くの通路に立っていた。白い服の右手の甲に、細い線の傷が2本あった。導線を2回巻いた跡の形に似ていた。
堂島は立ち止まった。
鋼花は主砲架台を見ていた。それから堂島を見た。
「あの子は」と鋼花は言った。「また来る」
「汐さんのことですか?」
鋼花は答えなかった。主砲架台を見た。長い間そこを見ていた。
消える前に、もう一度堂島を見た。何かを言いかけて、言わなかった。
堂島は通路に1人残った。
翌朝、川端から呼ばれた。「グラントが動いている」




