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第4話 氷の応急処置

グラントとの交戦から10日が経っていた。


 グレイヘイブン港を出て3日目、補給路の哨戒任務だった。海は穏やかで、視界も良かった。霧も岩礁もない。堂島は艦底の定期点検を終えて、記録を書いていた。


 三島重吉から通話管で報告が来たのは、その直後だった。


 「機関室の床に微振動。水中に何かいます」


 堂島は記録を置いた。水中に何かいる。


 艦底から爆発が来た。


 上からでも横からでもなく、真下から来た。艦全体が垂直に持ち上がり、そのまま落ちた。堂島は天井に頭をぶつけた。通路の壁に手をついて立ち直った。


 艦底に穴が開いた音がした。


 エーテル炸薬の燃焼音だと、音でわかった。水中から真下を狙って撃てる艦がいる。見えない場所から来た。



 艦底区画に走った。


 通路を駆け下りるにつれて、水音が大きくなった。艦底区画の扉を開けた瞬間、腰まで水が来た。冷たい。海水だ。足元が見えない。懐中電灯で照らした。


 穴があった。


 艦底の中央部、直径40センチほどの穴が開いていた。鋼板が外側から内側に向かって押し込まれている。低出力エーテル砲が艦底を直撃した跡だ。穴の縁が花びらのように開いている。海水がそこから柱のように噴き上がっていた。


 大沼が隣に来た。2人で穴を見た。


 「パッチは?」と大沼が言った。


 「無理です。縁が変形しています。密着しません」


 「当板で塞ぐか?」


 「水圧が強すぎます。押さえられません」


 「外側から溶接するか?」


 「海上で艦底の外側に出る手段がありません」


 水位が上がっている。膝まで来た。排水ポンプを最大にしても追いつかない速度だ。


 「朝霧さんを呼べますか?」と堂島は言った。


 大沼が振り返った。「あいつを?」


 「氷壁を張れます」


 「聞いたことはない」


 「呼んでください」



 朝霧縁が来たのは2分後だった。


 24歳。細身で、眼鏡をかけている。軍服の袖にエーテル術師の紋章が入っている。水に入ってくる様子が他の乗組員とは違った。膝まで水があるのに、足元を見ていない。穴を見ていた。


 「あの穴に氷壁を張れますか?」と堂島は言った。


 朝霧は穴を3秒見た。


 「できます」


 「何分もちますか?」


 「3分保てます。それ以上は約束できません」


 「3分で十分です。やってください」


 朝霧は頷いた。穴に向かって手を伸ばした。


 空気の振動がした。穴の周囲の温度が急激に下がった。堂島の吐く息が白くなった。水面に薄い氷が張り始めた。穴の縁から氷が広がっていく。噴き上がっていた海水の柱が細くなり、止まった。


 氷の壁が、穴を塞いでいた。


 「3分です」と朝霧は言った。平坦な声だった。「今から計ります」


 堂島はすでに動いていた。



 3分でできることを頭の中で並べた。


 穴の縁の変形を戻すことはできない。外側からの溶接もできない。氷壁が溶けるまでの間にできることは1つだけだ。穴の内側に、変形した縁に合わせた形の当板を押し込む。変形に沿って密着させる。水圧が当板を押してくれる。押せば押すほど密着する。


 「当板を持ってきてください」と大沼に言った。「一番厚い60センチ四方のです」


 大沼が走った。


 堂島は穴の周囲を手で触った。氷の表面が冷たい。縁の変形の形を手で確かめた。不規則な形だ。当板をどの角度で入れれば最も密着するか。手で測った。


 残り2分。


 大沼が当板を持ってきた。2人で持った。


 「角度は?」と大沼が言った。


 「右に15度傾けて入れます。縁の変形に合わせます」


 2人で当板を穴に向けた。氷壁の表面が少し薄くなっている。縁の部分から溶け始めている。


 「朝霧さん、残り時間は?」


 「1分20秒です」


 当板を押し込んだ。入らなかった。縁に引っかかる。


 「角度を変えてください。もう5度右です」


 もう一度押した。入り始めた。半分まで入った。


 「1分です」と朝霧の声が言った。


 大沼が全体重をかけた。堂島も押した。当板が動いた。3分の2まで入った。


 氷壁の表面にひびが入った。


 「30秒です」


 ひびが広がった。細い水流が氷の隙間から出てきた。


 当板がはまった。


 水圧が当板を内側から押してくる。押せば押すほど縁に密着する。細い水流が止まった。


 氷壁が崩れた。しかし当板が塞いでいた。



 水位が下がり始めた。


 排水ポンプが追いつき始めた。堂島は当板の縁をボルトで固定した。1本、2本、3本。仮止めだが、港に戻るまでは保つ。


 大沼が当板を見ていた。「水圧で押しつけるか」


 「低出力エーテル砲で開いた穴は縁が変形しています。変形した縁に密着させるには外側から溶接するか、内側から水圧を使うかしかありません」


 「海上では外側に出られない」


 「だから内側から使います。水圧は敵じゃないです。使い方次第です」


 大沼は何も言わなかった。当板を見ていた。


 朝霧縁が近づいてきた。「終わりましたか?」


 「終わりました。助かりました」


 「3分と言ったので」と朝霧は言った。踵を返して出ていった。


 川端から通話管で指示が来た。「水中の艦影を確認。撃沈できていない。港に戻る」


 見えない場所から来て、見えないまま逃げた。次も見えないところから来る。



 修理の後片付けをしていると、汐が来た。


 当板の周囲の水を拭き取る作業を手伝い始めた。無言で動いていた。しばらく経ってから口を開いた。


 「水圧を使うというのは、最初から考えていましたか?」


 「穴の縁の形を見たときに考えました」


 「縁の形を見て、そこまで考えるんですか?」


 「慣れれば見えます」


 汐は手を動かしながら、しばらく黙っていた。


 「これを覚えます」と汐は言った。


 「何を?」


 「穴を見て、何ができるかを考えること」


 堂島は当板のボルトを締めながら汐を見た。


 「次に穴を見たとき、縁の形を手で触ってみてください。目で見るより手の方が形がわかります」


 汐は頷いた。それから作業を続けた。



 夜、点検をしていると鋼花がいた。


 艦底区画の近くの通路に立っていた。右手の人差し指に細い切り傷があった。氷が割れたときの縁の鋭さと同じ形の傷だった。


 「痛かったですか?」と堂島は言った。


 鋼花は指を見た。それから堂島を見た。


 「……聞いたことがない」と鋼花は言った。「そういうことを」


 堂島は答えなかった。


 鋼花はしばらくそこに立っていた。それから消えた。


 堂島は艦底区画の扉を開けた。当板を確認した。ボルトを押した。緩みはない。排水ポンプが低い音を立てていた。港までは保つ。


 右手の人差し指に、細い切り傷があることに気づいた。当板を押し込んだときに縁で切れていた。


 同じ傷だった。


 見えない場所から来た艦のことを、しばらく考えた。水中を航行し、浮上せずに撃てる艦がいる。次はどこから来るか、わからない。わからないまま次の哨戒任務が来る。

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