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ノー、ちゅーイング

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

「ふんふふーんふふーん♪」




いつも通り仕事を終えて、コンビニのレジ袋を片手に()げ、両耳にはめたイヤホンのリズムに合わせて歩く帰り道。




「ふふ……おぉ。」




1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)は少し前の道路を素早く横切るネズミのような影を見た。




「え……、でかっ。」




立ち止まってレジ袋を持っていない方の手の平と比較して、おおよその大きさを割り出す。


……10センチくらいか。


このサイズがネズミに取って大きいのか小さいのかはわからないが、いずれにせよ近づいてきて欲しくないので、成実は道の端っこを忍足で通過した。






いつもの階段を登り、神社に入ってお賽銭箱の前に立つ。




「神様ーー!」




闇の中で自称神様を呼ぶと、




「おう、成実♪」




真後ろから聞き慣れた声がして、振り向くと自称神様の笑顔があった。




「うむ、今日も殊勝じゃな!」




自称神様は成実が持っていたレジ袋を見下ろすと、満足そうに頷いた。




「うんうん、今日も現金なこと……。」




お賽銭箱の上にレジ袋を置いて、ちょっと低い段差に腰を下ろすと、自称神様がレジ袋の中から取り出したパンと骨なしチキンを両手に成実の隣に腰をかけた。




「いっただっきまー


「はいちょっと待った。」




さっそく包装を破ってそれぞれにかぶりつこうとする自称神様を制止する。




「なんじゃ、お預けとは感心せんのう。」


「そうじゃなくて、食べ方があるんだよこれには。」


「食べ方、とな?」




首を傾げる自称神様に説明しようと試みるが、お供え物の仕様のせいで実演できないのをもどかしく思いつつ、頑張って言葉にしてみる。




「そうそう。まずはそのパンね?」


「肉じゃない方じゃな!」




自称神様の口ぶりからして、どうやらパンにはあまり馴染みがないようだ。


まあ、日本の神様にお供えしようと思ったらもんな和食を選ぶだろうしな……。




「それを上下にパカっとする。」


「パカっ…………、おお!」




自称神様はパンを上下から器用に掴んで引っ張ると、うまい具合にパンが2つにちぎれた。




「あとは簡単、チキンを挟む……ッ!」


「肉を……、挟むッ!」




自称神様はコンビニ式のお手製ハンバーガーを無事に完成させた。




「そんで、ガブッと。」




成実はハンバーガーにかぶりつくジェスチャーをしてみせた。




「がぶっ…………、んん!」




自称神様は口いっぱいにハンバーガーを頬張り目を輝かせた。


我が子に知育菓子を与える親御さんの気持ちがちょっとわかった成実は、自称神様の歓喜の声を聞いて微笑ましくなった。




「美味いのう、美味いのう……ッ!」


「で…………、




成実が自称神様の方を向くと、視線の先に大きさ10センチ程のうごめく影を見つけて固まった。




「なんじゃ?」




不思議がった自称神様が成実の顔を覗き込むが、成実は言葉を発することが敵わず、震える指で『影』の方を指差した。




「ん?」




成実が指差した先に目を凝らすと、『影』の正体は……、




「ああ、ネズミか。」


「神様怖くないの!?」


「生きてるやつは、な……。」




自称神様はハンバーガーのパンの部分を摘んで消しゴム程の大きさの塊を1つちぎると、足元にポトっと落とした。




「何やって


「静かに……!」




自称神様が成実におとなしくするよう指示すると、遠くからこちらを見ていたネズミがヒタヒタと足元まで歩いてきた。




「ほ〜れ、美味いぞぉ?」




自称神様がネズミを見下ろす目も、囁く声も、人間の子どもにかけるような優しいものになっていた。


ネズミは二本足で立って自称神様と目を合わせると、落ちていたパンの塊を前足で抱えてハンバーガーを食べる自称神様を真似するように、齧り付いた。




「あげちゃっていいの……?」


「良いんじゃよ。……死人のよしみじゃ。」


「え"っ、このネズミ幽霊なの……!?」


「まあ見ておれ。」




成実は自称神様に言われるままにネズミがパンを食べ終えるのを見届けると、ネズミの身体がキラキラと光りだした。


ネズミの光は角砂糖が水に溶けてなくなるように、夜の闇に溶けていくと綺麗さっぱりネズミごと消えてしまった……。




「成仏できたみたいじゃな♪」


「供養、してたの……?」


「幽霊になったアイツらの未練なんて、大概『お腹いっぱい食べたい』じゃからな。……奪い合うよりさっさと満足させて成仏してもらった方が、私も心置きなくお供えにありつけるというものよ♪」


「そっか……優しいんだね。」


「そ、そんなことないわ……っ!///」




これは自称神様の優しさなのかもしれないし、お供えの邪魔をされないための単なる処世術かもしれないが、自称神様の後腐れなさそうな笑顔を見るとどうやら結論は前者のようだ。


そう考えると、思わず笑顔になる。




「な、なんじゃヘラヘラしよって……!///」


「んーん、別……、に……。」




真っ赤なほっぺ一杯にハンバーガーを頬張る自称神様の横顔の向こうに、また10センチ程のうごめく影を見つけてしまった。




「なんじゃ、まさかまたネズミでも出たと……。」




自称神様が成実の視線の先を見ると、やはり正体はネズミだった。




「また供養するの?」


「…………、」




自称神様はネズミから一瞬も目を逸らさず、数歩歩いて足元の砂利をハンバーガーを持ってない方の手で掴むと、




「どっかいけぇぇぇええ!!!」




ネズミに向かって全力で投げつけた。




「えぇぇ……。」




ネズミは華麗なステップで砂利を避けると、夜の闇へと走り去っていった。




「はあ……、はあ……!」


「お、おかえり……。」




自称神様は息を切らして成実の隣に戻ってきた。




「なんか、さっきと対応違くない……?」


「生きてるネズミは敵じゃ!」




これはいわゆる、ダブスタなのだろうか……?


成実が返答に困っていると、自称神様はハンバーガーを完食して話を続けた。




「前に、お供えの仕様について話したことがあったな?」


「……魚肉ソーセージと引き換えで。」


「まったく、とんでもないやつじゃ……!」




これはおそらくネズミに対してだろう。




「まあ、お供えには色々縛りがある訳なんじゃが、とりわけネズミは厄介でのう……。」




自称神様が頭を抱えているのを見て、成実は自称神様に話してもらったお供えの仕様の一つが心当たった。




『自称神様が食べてる間に供えられた食品を齧られたりするとその時点で没収。ネズミは万死。』




「『ネズミは万死』……。」


「そうっ!それじゃ!それなんじゃ……!」




自称神様がわざわざネズミについて言及していたのはユーモアのつもりなのだろうと聞き流していたが、どうやら本当に深刻な話だったようだ。




「うぬぬ……!あいつら、小麦の匂いを嗅ぎつけるとすぅぅうぐに嗅ぎつけてきよって、厄介極まりないわ。」


「今度からは、お米メインにしよっか……?」


「私は小麦のが好きなんじゃが?」


「……。」




自称神様がネズミと同じ小麦派であることが判明した。




「……なんじゃその目は。」


「ええっと、神様って生前の記憶ないんだよね……?」


「ほぼ、な。」


「もしかして神様の生前って……、」




成実の発言の意図を察したのか、自称神様の顔から表情が消えた。




「そんな訳ないじゃろう。」


「でも小麦派なんだよね?」


「おい。」


「なんかいつも食い意地張ってるし……。」


「やめろ。」


「死んだネズミに優しいし


「やめんか。」


「……ウインクできないし。」


「それは関係ないじゃろぉぉおお!!//////」




ひょんなことから前世ネズミ説が浮上した自称神様であった……。

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